『モストリークラシック』今月発売号に、「リヒャルト・シュトラウスから見た妻パウリーネ」、「マーラーから見た妻アルマ」という、夫たちに成り代わっての心情吐露手記を執筆していることは先日ご報告したかと存じますが、そのリヒャルトの一大傑作『アルプス交響曲』を一昨日、ちょうどクララ忌の20日の夜、新日本フィルハーモニー交響楽団の《サントリーホールシリーズ》第633回定期演奏会で拝聴させていただきました。

シュトラウスが1915年に完成させたこの曲は、アルプス登山の一日をテーマとして、登山路を忠実に追いながら、目にしたもの、耳にした音、体験したことなどをリアルに描き出した作品です。登山のドキュメンタリー映画といいたいほど、オーケストラのさまざまな楽器を巧みに用いて登山の足取りを生き生きと表現しています。通常のオーケストラ楽器のほか、ヘッケルホーン、ワーグナーチューバ、大太鼓、小太鼓、シンバル、タムタム、トライアングルはもちろんのこと、カウベル、ウィンドマシーン、サンダーマシーン、グロッケンシュピール、2台のハープ、チェレスタ、オルガンまで、まるで楽器の博覧会のように多種多様の楽器が用られ、舞台裏ではバンダといって、客席から見えない陰の奏者たちまで活躍します。
ですから、その全体を統率する指揮者の重要度は計り知れず、指揮者いかんで、演奏の出来不出来が決まるわけですが、当夜の指揮者、秋山和慶先生のタクト捌きのお見事なことといったら、シュトラウスもかくばかりであったかと思うくらい迫真性に満ち、聴き手を主人公の登山者と同じ体験をしている気分にさせるものでした。
曲の始まりは「夜 Nacht」。変ロ短調の下降音階が順番に重なる不協和音が「夜の動機」です。金管楽器による「山の動機」が静かに姿を現し、それに細かいパートに分かれた弦楽器が加わって音に厚みを増していきます。
「日の出 Sonnenaufgang」で「太陽の動機」が強奏され、総休止後の「登り道 Der Anstieg」に入ると低音弦楽器による「登山の動機」から山登りが始まります。始めのうちは歩きやすい登山道なので曲も流麗ですが、次第に道が厳しくなってきた様子が、舞台裏の金管楽器のファンファーレによってわかりました。
「森への立ち入り Eintritt in den Wald 」「小川に沿っての歩み Wanderung
neben dem Bache」と続き、せせらぎを聴きながらしばらく登っていくと、目の前に素晴らしい「滝 Am
Wasserfall 」が出現。「岩壁の動機」をベースとして、そこに、弦楽器、木管楽器、ハープ、チェレスタによる滝の流れが重ねられます。滝の水しぶきが太陽光を受けて、きらきらと光るさまがハープとチェレスタのきらびやかな音で描写されました。シュトラウスってつくづく天才‼と感嘆。それをここまで聴かせてくださる秋山先生も天才でいらっしゃいます。
「幻影 Erscheinung 」のオーボエ、お見事、ホルンも素晴らしい。そして「花咲く草原 Auf blumigen Wiesen」を経た「山の牧場 Auf der Alm」では、カウベルが一斉に鳴らされて、牧場気分満点。牛の鳴き声の擬音とアルプホルンを模したホルンの音が響いてきます。
ああ、そうです!! アルペンホルンといえば、ヨハネス・ブラームスがクララのお誕生日に書き送った「高い山と深い谷から、あなたに千回の挨拶を送ろう!」のあの旋律が思い出されます。


今、秋山先生の指揮する新日フィルの『アルプス交響曲』、「山の牧場」部分を聴いているうちに、思わず、あの旋律が脳裏に浮かび、クララ忌にふさわしい名曲の名演を聴けたことを、心から嬉しく思いました。
その先「頂上にて Auf dem Gipfel 」では主人公と共に美味しい山の空気と爽快な眺望を楽しみ、下山中の「雷雨と嵐、下山 Gewitter und Sturm, Abstieg」では、オルガンの和音とウィンドマシーンによる風やシュトラウス特注のサンダーマシーンの落雷の音に身を縮めました。そのあと、だんだん静かになります。
そして「日没 Sonnenuntergang」。最後の「夜 Nacht」で冒頭の「夜の動機」と「山の動機」をもう一度噛みしめさせていただきました。
2021年5月22日記
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