今朝、NHKラジオをつけますと、貴婦人のごとき語り口と、伝法でドスのきいた言い回しを併せ持つ、魅惑のバスバリトンのお声が流れてまいりました。お話の途中だったので脈絡はわかりませんが、「では、お聴きください」、とおっしゃってかけてくださったのが、昭和20年、21年に並木路子さん、霧島昇さんが歌って日本中の人々を励ました大ヒット曲『リンゴの唱』でした。歌詞はサトーハチロー先生です。
赤い赤いリンゴに
くちびる寄せて だまって見ている 青い空
リンゴは何にも
いわないけれど リンゴの気持ちは よくわかる
リンゴ可愛いや
可愛いやリンゴ
あの娘よい子だ
気立てのよい娘 リンゴによく似た 可愛いい娘
どなたがいったか
うれしいうわさ 軽いクシャミも トンデ出る
リンゴ可愛いや
可愛いやリンゴ
朝のあいさつ 夕べの別れ いとしいリンゴに
ささやけば
言葉を出さずに
小くびをまげて あすもまたネと 夢見顔
リンゴ可愛いや
可愛いやリンゴ
3番までは並木さんと霧島さん(2番)が交互に歌われて、それぞれのお声と節回しが歌詞の奥に広がる世界を明るく映し出しました。もうここまでで充分、この歌の良さが胸に迫りましたが、最後にお二人でデュエットされた4番は一段と感動的でした。
歌いましょうか
リンゴの歌を 二人で歌えば なお楽し
皆なで歌えば なおなおうれし リンゴの気持ちを
伝えよか
リンゴ可愛いや
可愛いやリンゴ
歌が終わると、魅惑のバスバリトンのホスト役のお方は、こんな意味のことを言われました。
「聴いていたらなんだか、涙があふれてまいりました。この歌はね、もう、戦争が終わったんだ、これからは自由に歌える時代なんだ、という勝利の宣言なんですよ。今、日本も大変なことになりそうな時代に向かっているかもしれませんが、あたくしはね、そんなに心配はしていないんです。だって、日本は文化の国ですもの。文化さえ、大切にしていたら、間違ったほうへは行かないんじゃなかしらと思っております。文化さえ大切にしていたら。……お相手は、美輪明宏でした」
今回の緊急事態宣言の発出が決まった翌日の4月24日、東京都内のいくつかの演芸場は東京都の無観客開催の要請に対して、寄席は不急不要のものではないとする、次のような理由を掲げ、有観客公演の継続を発表しました。
「大衆娯楽である『寄席』は社会生活の維持に必要なものに該当すると判断した」(浅草演芸ホール)
「昔からの伝統芸能で、今もなお途絶えずに伝わっているということは、社会生活の維持に必要なものであると解釈した」(新宿末廣亭)
こうした姿勢こそ、美輪様のおっしゃる「文化を大切にする」ということではないでしょうか。
しかしながら、4日後の4月28日、次のようなお知らせがこの二つの寄席の掲示板に発表されました。
◆浅草演芸ホール
「5月1日以降の臨時休館」のお知らせ
緊急事態宣言発出による、東京都から演芸場(寄席)に対する「無観客開催要請」は、我々の商売の性質上受け入れ困難として、有観客開催を継続してまいりました。本日改めて東京都より「休業要請」としての打診があり、東京寄席組合及び両協会で協議の結果、5月1日~11日の営業をやむなく休止させていただくことといたしました。
公演を楽しみにしていらしたお客様には大変申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。
またこのような形で休館せざるを得なくなりましたこと誠に残念ですが、新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、ご理解賜りますようお願い申し上げます。
◆新宿末廣亭
5月1日以降の寄席営業について
緊急事態宣言発出による東京都から演芸場(寄席)に対する『無観客開催要請』は我々の 性質上受け入れ困難として有観客開催を継続してまいりました。本日(4月28日)改めて東京都より『休業要請』と
しての打診があり、東京寄席組合及び両協会で協議の結果、5月1日~11日の営業をやむなく 休止させて頂きます。公演を楽しみにされていたお客様には大変申し訳なく、お詫び申し上げます。
感染症拡大防止とウイルスの撲滅がどれほど大切なことか、言うまでもありませんが、どうか、「文化」まで撲滅しないでいただきたいと、政府には心よりお願いしたいと存じます。
『リンゴの唱』、カバーはあまたございますが、やはり、並木さんと霧島さんで聴きたいと存じます。なんでも、レコーディングのとき、並木さんは作曲者の万城目正先生から、『もっと明るい声で』というご注意を何度も受けたそうです。でも、お父さまとお兄様たちが戦死なさり、お母さままでも東京大空襲の犠牲となられていた並木さんは、どうしても声が沈みがちでした。それを知った万城目先生は、「君だけではなく多くの人々が戦争でそういう思いをしたんだよ。だから、みんなを励ますためにも、君のためにも明るく歌って欲しい。それが戦争で亡くなられたご両親とお兄さんたちを喜ばせることになるんだよ」と語られ、その言葉が並木さんを動かして、あの名唱が生まれたそうです。
ではお聴きくださいませ。サトーハチロー作詞、万城目正作曲、並木路子、霧島昇の歌う『リンゴの唱』を。
(449) リンゴの唄 - 並木路子、霧島 昇 (1946) - YouTube
3度目の緊急事態宣言発出中の 2021年4月29日記

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