昨日、「月」に因む楽曲をいくつかあげましたところ、友人がルチア・ポップさんの『月に寄せる歌』をメールに貼って送ってくださいました。本当にそうでした。ドヴォルザークのオペラ『ルサルカ』の中で、人間の王子に恋してしまった湖の精ルサルカによって歌われるこの曲も、胸打たれる月への祈りの歌です。アンデルセンの『人魚姫』と同様、人間外の魔性の者は人間と結ばれることのできない、悲しい宿命を負っています。でも、ルサルカは一途に月に祈るのです。透き通るような美しさに満ちたこの歌は、オペラ全体の悲しいロマン性を象徴しています。

近年このオペラを拝見したのはいつだったかしらと振り返ってみましたら、2017119日の日生劇場公演でした。その折の公演評をオペラ雑誌『ハンナ』に執筆いたしましたので、引用させていただきます。下の写真は日生劇場公演の一場面から。魔女イェジババとルサルカ。

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2017119日 日生劇場 ドヴォルザーク『ルサルカ』

 

 水の精と人間の王子との悲恋を描く『ルサルカ』が山田和樹指揮読売日本交響楽団の音楽、宮城聰の演出、木津潤平の空間構成、沢田祐二の照明他によってチェコ語上演された。最大の特徴は、フル・ステージとコンサート形式との中間というべき上演スタイル。オーケストラは客席の高さ。ステージ下手には木管、上手にはホルンとパーカッション。その分だけ狭まった舞台空間は、左右から迫り合う壁面とそれに挟まれた幅広い階段で構成される。儚く哀しい水の精の宿命を暗示するにはピットからの沈潜した響きも捨て難いが、音楽の妙味を前面に出した意義は大きい。山田は絶好調で読響を存分に鳴らし、わずかな箇所を除き、歌手との齟齬もかぶせすぎる場面もなかった。

もうひとつ、しっかりと発信されたのは、人間社会から差別され魔物として爪はじきされるルサルカの悲哀が、ヨーロッパの被差別地域であるチェコ民族の哀しみと重ね合わせられるという視点だ。高い城壁の上からマスクをつけて冷ややかにルサルカを見下ろす宮廷人の目線。これこそ、ドヴォルザークの生涯テーマではないか。

この日のタイトルロールは田崎尚美。

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 第1幕でのルサルカは人間に憧れる水の精だ。魔女イェジババに頼んで声と引き換えに人間の姿となり、王子と出会って城に伴われる。田崎の声は真綿にくるまれたかのように優しいが、強靭さも秘めている。第2幕は婚礼直前の城。物言わぬルサルカに疑念を持つ王子の前に外国の公女が現れて彼の気を惹く。俗物の宮廷人たちもルサルカを露骨に排斥する。田崎は、公女の挑発にも宮廷人の侮蔑にも耐えて、表情と立ち姿だけでルサルカの哀しみを表現した。第3幕のルサルカは失意のうちに森の奥の湖に戻るが、姉妹から受け入れられない。そこへ後悔した王子が現れ、彼女の赦しを得られるならば死をも辞さないというので、ルサルカは死の接吻を彼に与え、湖の底へと消える。声を取り戻した田崎は渾身の歌唱でヒロインの絶望感を表現し、王子の樋口達哉も第2幕の軽薄さとの対比感を際立たせながら、ルサルカへの愛を絶唱した。イェジババの清水華澄はもっとも声がよく通り、キャラクター描写にも優れていた。水の精の王の清水那由太は低音の伸びがよく、外国の公女の腰越満美は役にうってつけ。料理人少年と森番の小泉詠子、デニス・ビシュニャはよい味を出し、脇の森田麻央、郷家暁子、金子美香、新海康仁も好演。合唱がまた、配置場所を含め見事な効果をあげていた。 萩谷由喜子                 

 

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世の中から感染症の危険が去って、晴れ晴れと劇場やホールに出掛けられる日を取り戻せますように、月に祈ることにいたしましょう。

ルチア・ポップさんの『月に寄せる歌』はこちらからお聴きくださいませ。

https://youtu.be/4qxi-sYUT9s

 

 

 

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