『モストリー・クラシック』今月発売号にベートーヴェンの不滅の恋人と実子問題を考察いたしました。

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「ベートーヴェンの不滅の恋人」という言葉を知ったのはもう40年近く前のことで、その時はずいぶんと謎めいた表現だと思い、詳しく知ろうとしましたが、なかなか手掛かりが掴めませんでした。そのうちに、1995年日本公開の英米合作映画『不滅の恋』を拝見して、その状況設定や結論には?????????と思いましたが、ともかくもベートーヴェンには密かに愛する人がいたのだということはよくわかり、ますます、その恋人への関心を高めて、文献を読み漁ってまいりました。

 ことに関心をもって拝読したのは、アメリカの音楽研究家でヴァンガード・レコードの創始者の一人でもあったメイナード・ソロモンの『ベートーヴェン』上巻、徳丸吉彦、勝村仁子訳、岩波書店、1992年、及び、青木やよひさんの『ベートーヴェン・不滅の恋人』1995年、河出書房新社、同『不滅の恋人の謎を解く』2001年、講談社現代新書でした。

 ベートーヴェンの不滅の恋人を特定する研究は、名前不肖の女性に宛てたおそらく未投函書簡の存在が世に知られた1840年以来、延々と続いてきて、20世紀の末頃には、最終有力候補として、ピアノの弟子であったハンガリー貴族の令嬢ヨゼフィーネ(結婚後はヨゼフィーネ・フォン・ダイム伯爵夫人)と、フランクフルトの豪商の妻アントーニエ・ブレンターノの2名にほぼ絞られてきたのですが、ソロモンも青木さんも、アントーニエ説を説かれていました。

このお二人がそこまで調べられたのなら、そういうものなのかしら、とわたくしもアントーニエ説に傾きながら、いくつかの理由から、しっくりしないで参りましたところ、2002年にウィーンへまいりましたときに、ベートーヴェン、シューマン研究の大家、前田昭雄先生に思いがけなくお会いしてお話を伺う機会に恵まれました。すると先生は、ベートーヴェンがいかにヨゼフィーネに対して誠実な思いを抱き続けていたか、彼女の不幸な生涯と早い逝去をどれほど悼んだかをしみじみと語ってくださったのです。そのお言葉の一つ一つが、わたくしの胸にすとんと落ちるものでした。

そのときから、この問題はずーっと、わたくしの中でくすぶり続けていたのですが、今回、『モストリー・クラシック』誌418日発売号の特集「ベートーヴェンとシューベルト」の中でこれを採り上げるので、書くようにとのご依頼をいただき、長年、考えてきた筋道を整理して見つめ直し、文献類に再度当たり、最新情報を最大限採り入れて理論の裏付けをさせていただきました上で、わたくしなりの拙い結論を書かせていただきました。

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非常にデリケートな問題ですが、調べれば調べるほど、ベートーヴェンの異性への一途な情熱と誠実さ、揺るぎない倫理観があらためて浮きあがってきて、彼の側にも、彼女の側にも、何ら、謗りを受けるような落ち度のなかったことがわかり、二人の悲しい恋の道行きに心を打たれました。
 この秘められた恋は、ただただ、運命の巡り合わせというべき歯車の齟齬と、当時の身分制度の弊害が重なったために成就されなかったのです。そのあたりを、今初めてこの問題にお触れになられる方にもわかっていただけるよう、これまでの研究史の概観も含めて紙幅の制約の中で、それでも編集部のご好意で2ページ増をお許しいただいて、およそ10,000字にて精一杯まとめましたので、ご関心のあられる方は、『モストリークラシック』をご一読いただけますと幸いに存じます。

もう一人の作曲家シューベルトに関しましては、彼を囲む音楽愛好グループ、シューベルティアーデの仲間から見たシューベルトを語るように、とのご依頼でしたので、これも、長年気にかかっていた、フレーリヒ家の姉妹たちに登場していただき、その長女アンナの視点からシューベルトの人間像を彫琢いたしました。

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フレーリヒ家の四姉妹というのは実在の女性たちで、全員、シューベルトを愛し、その音楽を演奏したり聴いたりするのを無上の喜びとしましたけれども、ベートーヴェンの場合とは異なって、4人ともシューベルトとの間に特に恋愛感情は芽生えなかったようです。

ちょっとかわいそうなシューベルト……。でも、音楽と人柄は間違いなく愛されたのでした。

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