カウント・ダウン3日目、ベートーヴェン大先生の偉業の前にあらためて頭を垂れ、尊崇の念をあらたにさせていただいてきた今年ももう一日を切りました。
今日はいよいよ大晦日です。大晦日といえば、ベートーヴェンの交響曲全曲演奏会の日だな、とうなずかれる音楽ファンも多いのではないでしょうか。「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会」と銘打たれたこの大晦日恒例の長時間公演は2003年以来、1年も休むことなく営々と続けられ、今年も本日の13:00より、東京文化会館大ホールで開催されます。
2003年の初回は、東京交響楽団と東京シティフィルハーモニック管弦楽団を、提唱者の岩城宏之マエストロが、大友直人、金聖響の両マエストロと分担して振られましたが、2004年と2005年は岩城マエストロがお一人で9曲すべてを指揮されました。
それがどれほど膨大なエネルギーの消耗だったことか、半年後の2006年6月13日、岩城マエストロは73歳で帰らぬ人となられました。この年の大晦日も全曲を一人で指揮されるおつもりで、病床でも最後までスコアを研究していらしたそうです。
同年の大晦日はその岩城マエストロの追悼演奏会として、第1番からお若い順に、下野竜也、岩村力、大友直人、高関健、井上道義、秋山和慶、小林研一郎、ジャン・ピエール=ヴァレーズ、外山雄三の9マエストロが受け持ち、故人の遺志を継がれました。そして、2007年以降は、2010年のロリン・マゼール・マエストロを除いて、毎年、コバケン・マエストロが振られて、今年で単独としては13回目を迎えられます。つい先日も、日フィル第九を拝聴したばかりですが、傘寿とは思えないお元気な指揮ぶりでしたから、きっと気合の入った全曲演奏会になることでしょう。
第九演奏中に年を越えるのがこの演奏会の醍醐味、とされていた時期もあったようですが、聴衆の帰りの足を考慮して、近年は23:55が終演予定となっています。
第九が終わってほぼ間髪を入れずに年を越し、除夜の鐘も鳴りはじめていますから、これでも充分盛り上がることでしょう。
さて、これほどまでに親しまれ、ベートーヴェンの看板を背負って立つ第九ですが、ローマは一日にしてならず、第九もまた突然この世に出現したのではなく、初演の16年近くも前に、まず、いたいけな赤ちゃんとして、この世に生まれてきたのでした。
第九の初演は1824年5月7日でしたけれど、ベートーヴェンがオーケストラに声楽を取り合わせて、人間の命と営みを讃える大作を書こうと考えたのは遥かそれ以前のことです。そしてその構想がまだ熟しきらないのは承知の上で、最初にともかくも実行に移した作品、いわば、第九の赤ちゃんといえる実験作こそ、1808年12月22日にアン・デア・ウィーン劇場で初演された『合唱幻想曲ハ長調』でした。

この日は他に、現在とは番号づけが逆だった交響曲第5番と第6番、ピアノ協奏曲第4番、ミサ曲ハ長調よりグローリア、サンクトゥスとベネディクトス、アリア
『Ah, perfido』まで演奏されるという長時間コンサートで、しかも真冬に暖房もない会場でしたから、聴衆はたいへんな忍従を強いられ、その上、リハーサル不足で不手際続出、ある曲のある個所など、オーケストラの半分がリピートし、半分が先へ進んだそうですから、結果は惨憺たるものでした。
そんな歴史的な大失敗演奏会であったとしても、赤ちゃん第九はここで生まれました。
『合唱幻想曲』の編成はオーケストラ、独奏ピアノ、ソプラノ2、アルト、テノール2、バスの独唱者6名、それ四部合唱。演奏時間は約20分。
独奏ピアノの即興風独奏から始まってやがて『歓喜の歌』に似通った主題が示されて変奏曲となり、オーケストラ、合唱、独唱を交えて進みます。そして最後の部分ではその主題が、芸術を讃える歌詞を得て、四重唱と合唱で高らかに歌われます。
クリストフ・クフナー(1780--1846)という詩人の作ともいわれるその歌詞は
「快く、優しく、愛らしくかき鳴らす、われらの命のハーモニーを。そして、美に対する感性を膨らませる。花が永遠に咲きつづけるように。平和と喜びが親しく流れより、波が寄せ合うように。波は荒れ狂い、ぶつかりあい、流れながら溶け合っていく、高揚する気持ちへと。……受けとめようではないか、汝ら美しい魂を。喜びをもたらす贈り物、美しき芸術を。愛と力が結びつくとき、人は神の恩寵を授かる」というもの。
この歌詞内容もさることながら、旋律はまさに『歓喜の歌』の赤ちゃん形。聴けば聴くほど、これが第九の産声だったかと痛感されるのです。
この曲はピアノ協奏曲とも、カンタータとも、合唱曲ともつかない編成と構成が災いして、実演機会は少ないのですが、録音は比較的多くありますし、YouTubeなどにもたくさん上がっています。
合唱幻想曲 - Bing video
youtube 合唱幻想曲 - Bing video
ベートーヴェンイヤーの締めくくりに、どうぞ、赤ちゃんだった時の第九に会ってあげてくださいませ。御用とお急ぎのあるお方は、最後のほんの5分弱でもよろしゅうございます。そこが、この曲のもっとも、赤ちゃん第九たるところですから……。
曲の完成度は必ずしも高くはなくとも、人がひとたび何かをこうと思ったら、決してあきらめることなく、試行錯誤しながら信念をもってやり遂げようとする、その道程の証しとして、わたくしはこの赤ちゃん第九をとても尊い作品だと思うのです。
カウント・ダウンにお付き合いくださり、ありがとうございました‼
皆さま、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
2020年12月31日記

コメント
コメント一覧 (3)
こうした心遣い、萩谷さんならではと感謝しております。
我々はとかく、ベートーヴェンの有名な曲、完成された曲のみをつまみ食いするか、あるいは天才の作品として崇め奉ってそれが生まれてくるまでの過程を意識しませんが、ベートーヴェンといえどもスケッチを取り、デッサンをし、実験をし、試行錯誤して一つの作品を生み出しているということを知るのは大切なことですね。
それとベートーヴェンは、自らの手の内というか、自分のスタジオを時々公開して見せてくれるようなところがあって、至って庶民的、親しみが持て、『合唱幻想曲』はまさに『第九』制作への工房を見せてくれたような所がありますね。
私は『ピアノ協奏曲第四番』にもそういうことを感じます。あの和音を一つ置いてから試し弾きみたいに開始する第一楽章。第二楽章のレシタティーヴォとピアノの対話は、まるで『第九』四楽章のレシタティーヴォの先駆形みたい。深い苦悩の対話を通して第三楽章の喜びに至るんですね。後期弦楽四重奏曲にもこの実験工房での試行錯誤が感じられますが、長くなるので……。
それと『戦争交響曲』なんて今はほとんど取り上げられませんが、ベートーヴェンが「戦争」ということを「英雄」とともに近代の意識の中でとらえていたことが分かりますし、『プロメテウスの創造物』や『アテネの廃墟』からは彼が古代ギリシアに憧れていたことが分かりますね。ホメロスの『オデュッセイア』を熟読したそうです。
他にも『フィデリオ』のための序曲を四曲も書いたこと。『エグモント序曲』にしても『コリオラン序曲』にしてもみんな大きなオペラや劇音楽のトルソや円柱のように存在するのを感じます。
ベートーヴェンの成長過程や実験工房を訪ねるのも、彼の音楽を聴く楽しみですね。
yukiko3916
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他のお歴々の巨匠にも、その例は見出せますが、考えてみれば、beethovenがもっとも、成長過程、実験工房を開示してくれている作曲家かもしれません。
それはとても面白く、貴重なことだと思うのです。
僭越ながら、わたしくも、ものを書いて、少しずつ歳を重ねてまいりまして、わが身にも思い当たるふしがございますので、昨今はよけいはっとといたします。
yukiko3916
が
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yukiko3916
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