新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、クラシック音楽公演の中止、あるいは延期が相つぎ、遂に一つの公演もなくなったのがつい昨日のことのようです。
4月、5月はきれいさっぱり、コンサートもオペラも鳴りを潜めましたが、6月半ばから少しずつ復活が始まって、コンサートよりハードルの高いオペラ公演も開催されるようになり、10月からは新国立劇場のオペラ公演も復活しました。8日にはブリテン『夏の夜の夢』を見てまいりました。
海外アーティストの来日が難しい状況下、東フィルを指揮したのは飯森範親マエストロです。難しいブリテンのスコアをよくお勉強なさって見事に指揮されました。主役のオーベロンの藤木大地さんの存在感は抜群です。その妻タイターニア役の平井香織さん以下、全員日本人のキャストによって見応えのあるステージが実現しました。大野和士オペラ芸術監督は、今後、今シーズンのすべてのプログラムは、余程のことがない限り、キャンセルすることなく実施する、との力強いご意思を表明なさっておられますので、これでまず、一安心といったところでしょうか。
一夜明けるたびに状況が刻々と変化していた今年3月は、同月25日にオペラシティで開催された『上原彩子ピアノ・リサイタル』がわたくしにとっては再開前の最後のコンサートでした。
その思い出深い上原さんリサイタルの公演評は、『モストリークラシック』4月発売号に書きましたので、今、当時を振り返る意味から、ここに全文を掲げさせていただきます。
●公演評 上原彩子 ピアノ・リサイタル
3月25東京日 オペラシティコンサートホール
同じ事務所主催の翌晩の別公演は本公演直後に延期が決まる。その崖淵状況をものともせず、上原は敬愛する二人の天才モーツァルトとチャイコフスキーに的を絞り、両者のテンペラメントの違いを浮き彫りにしつつ、ときに後者になり代わって前者へのオマージュも紡ぎ、歌う作曲家としての両者の本質に渾身で肉薄した。まず、明るく邪気のない音で『キラキラ星変奏曲』を弾いたあと、そのままチャイコフスキー『創作主題と変奏ヘ長調』に移る。『キラキラ星』よりはるかにピアニスティックだが、続けて聴くとチャイコフスキーが変奏曲分野でもモーツァルトを仰ぎ見ていたことに思いが至る。次いで『四季』より2曲。モーツァルトのソナタ第12番K.322までが前半だ。後半は一層気合が入り、モーツァルトのソナタの中でも異例なアダージョ開始の第4番K.282を枕に置いて、上原の看板曲ともいえるチャイコフスキーの『グランド・ソナタ』。作曲家本人さえまとめ上げるのに苦労したほど多様な要素の混然となった大作を見事に構築した。(『モストリークラシック』4月発売号より)
●6月の東フィルからコンサート通い再開
コンサートに通わない日々が始まって、4月が過ぎ、5月が過ぎ、6月も半分以上過ぎかけた頃、東京フィルハーモニー交響楽団からコンサートを再開します、という夢のようなお知らせをいただきました。こうして拝聴させていただいたのが、24日にサントリーホールで開催された、渡邊一正指揮の休憩なし1時間コンサートで、わたくしにとっての自粛後初めて接した生コンサートでした。曲はロッシーニの『セビリアの理髪師』序曲とドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』。ステージ上のディスタンスをとり、12型の編成でしたが、久々に聴くオーケストラの響きに生き返る思いがいたしました。
これを皮切りに、いくつかのオーケストラや音楽事務所が手探りで公演を再開し始めました。どの主催者も、感染防止対策を、可能な限り講じての再開です。その涙ぐましい努力のおかげで、7月は以下の12公演を聴くことができました。
●7月に聴いた12公演
2日 東京フィルハーモニー交響楽団 尾高忠明指揮 高木竜馬 オーチャードホール
7日 コンサートイマジン『七夕コンサート』 東京シティフィル他 サントリーホール
10日 日本フィルハーモニー交響楽団 広上淳一指揮 サントリーホール
12日 東京都交響楽団 大野和士指揮 サントリーホール
13日 日本フィルハーモニー交響楽団 井上道義指揮 前橋汀子 サントリーホール
15日 上野deクラシック 盛田真央ほか 東京文化会館
16日 小曽根真ワークショップ 東京文化会館
19日 東京フィルハーモニー交響楽団 佐渡裕指揮 オーチャードホール
23日 東京フィルハーモニー交響楽団 尾高忠明指揮 オペラシティコンサートホール
24日 東京文化会館リラックス・パフォーマンス 三ツ橋敬子指揮東フィル
25日 小曽根真ジャズ 東京文化会館
30日 日本フィルハーモニー交響楽団 井上道義指揮 サントリーホール
こうして列記してみますと、オーケストラ・コンサートが多いこと、それも、東フィルと日フィルを集中して聴かせていただいたことに改めて気づきました。
●8月に聴いた13公演(うちオペラ2公演)
8月は例年ですとコンサートが最も少ない月ですが、今年は再開の機運が盛り上がって、多くの公演が開かれました。その中から、次の13公演を聴きました。この月から、オペラも復活し始めたことが特筆されます。2作のオペラを拝聴しましたが、どちらも歌手がフィェイスシールドを装着しての上演でした。
1日 日本フィルハーモニー交響楽団 広上純一指揮 サントリーホール
3日 バッハコレギウムジャパン『マタイ受難曲』 オペラシティコンサートホール
9日 大坪健人・佐渡建洋 ジョイントリサイタル 加賀町ホール
15日 藤原歌劇団『カルメン』 テアトル・ジーリオ
16日 ジャズ・シンフォニック 東京芸術劇場
17日 日経ミューズサロン、ジャズ公演 日経ホール
18日 ランチタイム公演 阪田知樹、辻彩奈 東京芸術劇場
22日 ラ・ルーチェ弦楽八重奏団 東京文化会館小
24日 大瀧拓哉ピアノ・リサイタル 東京文化会館小
29日 東京シティフィル定期演奏会 高関健指揮 オペラシティコンサートホール
阪田知樹ピアノ・リサイタル 横浜みなとみらいホール
30日 オペラ『アマールと夜の訪問者』 東京文化会館
31日 牛田智大ピアノ・リサイタル サントリーホール
●9月に聴いた24公演(うちオペラ2公演)
9月はもうかなり自粛以前の状態に戻りました。わたくしは下記24公演を聴きました。
Ⅰ日 田部京子 ベートーヴェン『皇帝』&ヴァイオリン協奏曲のピアノ編曲版 サントリーホール
3日 二期会 オペラ『フィデリオ』深作健太演出 福井敬ほか 新国立劇場オペラパレス
4日 梯剛之 バッハ『ゴルトベルク変奏曲』 東京文化会館小
5日 日本フィルハーモニー交響楽団 山田和樹指揮 サントリーホール
6日 佐藤卓史 シューベルト・ツィクルス 音楽の友ホール
7日 ロン=ティボー コンクール入賞者ガラ・コンサート オーチャードホール
11日 新日本フィルハーモニー交響楽団 矢崎彦太郎指揮 すみだトリフォニーホール
日経ミューズサロン500回記ガラ・コンサート 日経ホール
12日 ヤングアーティスト オペラ&バレエ・ガラ 新国立劇場オペラパレス
鶴田留美子ピアノ・リサイタル サントリーブルーローズ
13日 ミューザ 原田啓太楼指揮 東京交響楽団 ミューザ川崎シンフォニーホール
15日 三浦一馬バンドネオン・リサイタル 浜離宮朝日ホール
17日 藤田真央ピアノ・リサイタル オペラシティコンサートホール
19日 オペラ『フィガロの結婚』 ミューザ川崎シンフォニーホール
20日 高木綾子フルート・リサイタル 紀尾井ホール
プラチナ・シリーズ 小山実稚恵 東京文化会館
22日 上村文乃チェロ・リサイタル 東京文化会館小
23日 ランチタイム 清水和音、砂川涼子 東京芸術劇場
24日 オペラ・アカデミー修了公演 サントリーブルーローズ
26日 大場俊一ピアノ・リサイタル 王子ホール
東京交響楽団第683回定期演奏会 尾高忠明指揮 サントリーホール
27日 東京フィルハーモニー交響楽団 渡邉一正指揮 オーチャードホール
28日 室内楽アカデミー サントリーブルーローズ
29日 渡辺貞夫 ジャズ・ビッグバンド ミューザ川崎シンフォニーホール
●10月10日、日本フィル第724回東京定期演奏会のプレトーク
10月9日、10日、サントリーホールで日本フィルの第724回定期演奏会が開かれました。自粛再開後2回目の定期演奏会です。予定されていたラザレフは来日できませんでしたが、飯守泰次郎先生が指揮台に立たれ、前半にシューベルト『未完成』、後半に、福間洸太朗さんをソリストとするブラームスのピアノ協奏曲第1番を演奏なさいました。
プログラム解説を書かせていただいておりましたので、10日の開演前にプレトークを担当させていただきました。福間さんは出演オファーがあったとき、迷うことなくこの曲を希望なさったのですが、なぜならば、ブラームスの1番は今から17年前に、彼がクリーヴランド国際コンクールで優勝なさった時の思い出の協奏曲だったからだということでした。当時福間さんはパリのコンセルヴァトワールでブルーノ・リグットに就いてお勉強中でした。リグット曰く「君はフランスものはよいけれども、ドイツもの、とりわけブラームスの重い音の出し方を勉強する必要がある。それには、レオン・フライシャーにつくとよい」
そこで福間さんはフライシャーに師事してブラームスを勉強なさり、フライシャーがセル&クリーヴランド管弦楽団と録音したピアノ協奏曲第1番のCDを繰り返し聴いておられたそうです。そのかいあって、見事栄冠を手中に。当時20歳の若さでした。
フライシャーは今年8月に亡くなられましたから、この演奏会で、彼はフライシャーに捧げるつもりでブラームスの1番を選ばれたのだそうです。2曲の成立背景や聴きどころと共に、そんな福間さんとフライシャーのお話もプレトークで語らせていただきました。
●この日フィル定期演奏会を含め、10月は今のところ、下記10公演を聴きました。(うちオペラ2公演)
1日 『奥の細道』コンサート 川崎翔子 ティアラこうとう小ホール
2日 小山実稚恵『ベートーヴェン、そして……知情意の奇蹟』 オーチャードホール
3日 東京交響楽団 大友直人指揮 オペラシティ・コンサートホール
4日 佐古健一(チェロ)・佐渡建洋(ピアノ) ソノリウム
5日 とっておきのアフタヌーン サントリーホール
6日 サントリー音楽賞受賞者記念コンサート 読響 サントリーホール
8日 オペラ、ブリテン『夏の夜の夢』 新国立劇場オペラパレス
9日 小山京子ピアノ・リサイタル サントリーブルーローズ
10日 日本フィルハーモニー交響楽団第724回 飯守泰次郎指揮 サントリーホール
11日 昭和音楽大学ガンディーニ演出 オペラ『ドン・ジョヴァンニ』 テアトル・ジーリオ
このように、辛い自粛期間を経て、今や多くの公演が復活しつつあります。どの公演も非常に厳格な感染防止対策をとっていますが、9月18日から、クラシック公演はそれまでの1席おきでなくともよくなりましたので、隣席にお客様が坐っておられる公演も次第に増えています。
どの主催者も必死で模索しながらの再スタートです。検温、アルコール消毒、席番号と氏名、連絡先を記入したカードの提出はもとより、ホールのビュッフェも一部しか営業再開していませんし、フォアイエの椅子も一つ置きにしか利用できないなど、まだまだ、完全に旧に復してはいませんが、ここまで戻ってきたのはやはり人間の知恵と工夫の賜物でしょう。
でも、これはまだ、完全な復活ではありません。やはり、ウィルスが完全撲滅されるのが一番です。早くその日が来ますように祈りながら、日々の変化をしっかり見守っていきたいと思っております。
2020年10月13日記
コメント
コメント一覧 (5)
ご職業柄とは言え、これだけの数のコンサートに出かけるということは、それだけのご決断も要ったことと思いますので、敬意を表します。またそれを萩谷さんがきちんと「記録」に残しておいてくださったということにより、我々もそれを一つの分量として確認することができます。この半年間のコンサートの内容や動きが総覧できます。
その間、萩谷さんが罹患されなかったことにより、コンサート関係、会場関係の皆さんの防止対策への努力が感じられますし、この度のウイルスの感染力の程度や防止対策の効果や威力が見えてきます。ありがとうございました。
大戦中のベルリンでは、度重なる空襲警報や停電が繰り返される中、コンサートに来た聴衆はベートーヴェンを聴くために、暗闇の中にもじっとコンサートの再開を待っていたと聞きます。まさに命か音楽かの選択。けれど彼らは音楽を取って、結果命も得たのでした。
自分にとっての音楽とは何かが問われている機会かと思います。聴衆にとっても、演奏者にとっても、作曲家にとっても。録音やオンラインを通しても音楽は得られますが、ライヴでそれを演奏し、聴くということが、どんな意味を持つかということが。
コロナを潜り抜けた後のコンサートが、聴衆が、音楽がどのように変わっていくかということを、また是非ご報告してください。その時今回示してくださったご報告が、さらに一層の価値を帯びてくることと思われます。
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