7月13日の晩、日本フィルハーモニー交響楽団のライヴ再開第二弾を聴いてまいりました。これまでなら一つのコンサートで演奏されるフルコースを二つに分けたうちの、前半のオードブルとお魚料理のハーフコースです。
オードブルからして贅沢極まりないパイプオルガンの響きが満堂に鳴り渡ります。J.S.バッハの『トッカータとフーガニ短調』『主よ、人の望みの喜びよ』を朗々と奏でたのは、国際的評価も高い気鋭のオルガニスト、石丸由佳さん。パリのノートルダム大聖堂やマドレーヌ寺院でリサイタルも開いている名手です。
きめ細やかにストップ操作を駆使し、さまざまに音色を変化させながら、手鍵盤だけではなく足鍵盤にも高度なテクニックを発揮して剛柔自在の表現を繰り広げる石丸さん。その見事な演奏を聴きながら、たった一人の奏者が大宇宙の奏鳴のようなこうした音響を生むとは、なんと恐るべき楽器であろうかと、パイプオルガンの奇蹟にただただ、打たれておりました。オーストリアのリーガー社製の名器も、長い休眠から目覚めさせてもらった嬉しさを全身で謳歌するかのようでした。
そして、これまた最高にリッチなお魚料理は、ヴァイオリン協奏曲の王様、ベートーヴェンの協奏曲です。井上道義マエストロがエスコートしてきたのは、目の覚めるような深紅のドレスに身を包んだ前橋汀子さん。曲にふさわしい女王の貫禄です。長いオーケストラ呈示部の間、体でリズムをとりながら曲に入っていき、いよいよソロの出を迎えると輝かしい第一音からぐいぐいと聴衆を惹きつけます。
1736年製のグァルネリ・デル・ジェスが喜びにあふれて歌います。前橋さんの演奏は何度もお聴きしていますが、今日はひときわ、艶やかな音と細部にまでゆきわたった丁寧な弓使いに耳を奪われました。勢い余ってあらくなるようなところがいささかもなく、長丁場の最後の最後まで、本当に一音一音おろそかにすることのない入魂の名演でした。
終わって、井上マエストロが前橋さんを讃えられ、これほどの演奏を聴かせてくださるようになられるまでには、若き日に船と鉄道でモスクワ留学をなさり厳しい修行を重ねてこられた日々があったのだというお話をされました。そして、その前橋さんと協演出来て嬉しい、昔、僕の前橋さんへのロマンスは叶わなかったけれど、今日はぜひ、この曲を僕のピアノでご一緒したいと、ベートーヴェンのヘ長調の『ロマンス』をお二人で開始されました。途中からオーケストラの弦も加わり、甘美な曲想に厚みも増して、うっとりするような『ロマンス』の時間が流れました。
しかも、これでさようならではなく、「もう1曲、赤いドレスにぴったりの、ツィゴイワイゼン」とマエストロがおっしゃり、あの憂いに満ちたロマの歌まで演奏してくださったのです。ちょっぴり短縮されていましたが、ヴァイオリン音楽を聴く喜び、ここにきわまるような、ツィゴイネルワイゼンらしいツィゴイネルワイゼンでした。特に第2部が圧巻。
前橋さんのお言葉
「2月の末からコンサートが軒並みなくなって、時間ができて勉強できたのはよかったのですけれど、でも、弾きたくて、弾きたくて……。今日はやっと、皆さんの前で弾けました」
そうだったのですね。前橋さんのその「弾きたくて、弾きたくて」の心情が、あれほど気迫のこもった張りのある音色を生んでいたのですね、と納得。
するとマエストロがすかさず、
「そう、プロフェッショナルの世界は、聴く人がいるから成り立つんです。ぜひ、音楽会を取り戻しましょう。僕は、日本から取り戻せたらいいな、と思うくらいです」
一席おきのわたくしたち聴衆もこれには心から賛同して盛大な拍手がわき、一人、また一人と立ち上がって、自粛再開後おそらく初の満場のスタンディングオベーションのうちにコンサートが終わりました。
後半のお肉料理のハーフコースは7月30日(木)午後7時、サントリーホールにて。メインディッシュはドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』。井上道義マエストロの熱い『新世界』にぜひお運びになられませんか。日本フィルまでお問い合わせくださいませ。
https://www.japanphil.or.jp/orchestra/news/24252
2020年7月14日記




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