本日、オーチャードホールで開催されました東京フィルハーモニー交響楽団の第6回「渋谷の午後のコンサート」を聴いてまいりました。辛抱に辛抱を重ねた自粛期間がようやく少しあけて、主催者が工夫を凝らしたオーケストラ公演も可能になりつつあって喜ばしいことだと、胸をときめかせながら出かけようとしておりました時に、テレビのニュース速報が、なぜか今日はまだ早い時間だというのに「本日、東京で新型コロナウイルス感染確認者が100名を超えました」と報じているのを耳にし、少し不安な気持ちで会場へ向かいました。でも、たとえ、都内の一日の感染確認者が100名を超えたからと言って、民間オーケストラが熟慮と研究精査と努力の末に万全を期して再開したコンサートが、検査母数も詳細な状況もあきらかではないそのような数字に安易に脅かされてはならない、というのがわたくしの想いでした。

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実は先週もサントリーホールでおこなわれた、同じ東京フィルの自粛明け公演に出掛けて、同フィルの数々の感染防止対策を目の当たりにしたのですが、余裕をもった幅のある開場時間の設定、要所の消毒液の設置、チケットのもぎりなし、配布物の手渡しなし、ホワイエの談話を避けるための休憩なし、聴衆全員席番号、氏名、連絡先をカードに記入して帰りに回収する、席は一つおき、アナウンスに従った時差退出など、考えられる限りのあらゆる対策がとられていました。

今日も同様の徹底ぶりでした。主催者の皆様の努力に心より敬服し、オーケストラの生音を聴かせていただけたことに感謝申し上げます。

先週の、渡邊一正マエストロの振った公演については、「モストリークラシック」7月発売号には公演評を書きますので、ここでは、本日の公演について少し書かせていただきます。

とても嬉しかったことは、昨年の御病気治療を無事に終えられた、尾高忠明マエストロがお元気な姿をみせてくださり、きびきびとしたタクト捌きで感興情趣にとんだ尾高サウンドを聴かせてくださったことと、いつもながらの面白いトークでコンサートを盛り上げてくださったことです。最初にコロナ禍を話題にされ、こんなことになったけれども、人間はその中でただご飯を食べて永らえているだけでは人間とは言えない、絵画にせよ、音楽にせよ、香気ある芸術に触れて心の糧としてこそ人間の営みである、という趣旨のお話をなさいました。おっしゃるとおりだと、つくづく思いました。そして、今日の本番は、オーケストラもご自分もマスクをつけていないものの、練習のときは管楽器以外はマクス装着、ご自分はフェイスシート着用なので、お声がよく伝わらずマイクを使うなど、四苦八苦されたとの苦労話も披露してくださいました。

さて、プログラムは、お得意のエルガーで幕をあけ、最後もエルガーで締めるというものでした。メインは、高木竜馬さんを迎えたラフマニノフのビアノ協奏曲第2番。高木さんは大器を感じさせる大ぶりな音楽づくり、かの名曲をじっくりと聴かせました。ウィーン在住の高木さんは今回、成田で厳重なpcr検査を受け、14日間のおこもり期間を経た上でのご出演です。

協奏曲のあとは、シベリウスの『フィンランディア』と、ジョン・ウィリアムズの組曲『スターウォーズ』抜粋。マエストロは以前フィンランドに行かれた時のお話をしてくださいましたが、冬はほとんど一日中日が差さずに暗いので、「困ったのは、いつから飲んだらよいのかわからないことでした」とのこと。なんと頼もしいご発言でしょう。

ジョン・ウィリアムズについても、日本では映画音楽の作曲家とばかり認識されているけれども、優れた純クラシック楽曲も多数あること、それでもやはり、この方といえば『スターウォーズ』とおっしゃり、インターネットでご本人がこれを指揮されておられる動画に接して落涙されたお話もしてくださいました。優れた音楽家が優れた音楽家に涙する。胸が熱くなります。

そして最後に、今日、感染者が100人超となったことに触れられ、今後も決して楽観視できないこと、それでも日本はまだよくて、アメリカの御友人は「まわりじゅうで人が亡くなっていく」と嘆かれたと語られ「そうした、思いがけずに死を迎えてしまわれた方々のために、最後の曲を演奏します」と言われて、『エニグマ変奏曲」から『ニムロッド』を聴かせてくださいました。エルガーが創作意欲を喪失しかかっていた時に、親友のイェーガー、愛称ニムロッドさんが、苦難に打ち克ったベートーヴェンのお話をして、『悲愴』ソナタの2楽章の旋律を口ずさんで彼を励ましてくれたことがあったそうで、そのニムロッドさんのやさしさが表現された曲です。しみじみとした温和な主題はどことなく『悲愴』2楽章のそれに似通っています。弦の静かな弱奏からこの曲が始まったとき、万人を包み込む懐の深さを持っている曲だと感じ、マエストロの言われる通り、コロナ禍への救いと慰め、そして犠牲となられた方々への鎮魂の響きを聴きとることができました。マエストロ、東京フィルの楽員の皆様、ありがとうございました。

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