知人のご厚意により、ヴァーツラフ・ターリヒ指揮チェコ・フィル『わが祖国』全曲1939年ライヴ録音を入手でき、昨日から耳を傾けております。
 冒頭『ヴィシェフラド』からして、古城跡地に佇み、往時へ思いを馳せながら竪琴を爪弾く吟遊詩人の姿がマエストロ・ターリヒと二重写しになって眼前に浮かびあがってまいります。
 第2曲『ヴルタヴァ』は、流れの変貌のありさまはもとより、河を主人公として彼が流域の森や村をながめやる視点と、その河を見つめ、エルベ河への合流を名残惜し気に見送り続けるスメタナの視点、がリアルに感じ取れるドキュメンタリー映画のような演奏です。
 第3曲『シャールカ』は、勇猛無比な女戦士のはずのシャールカが、みずから血祭りにあげた敵将に女心をのこす、切ない恋情描写がぐっときます。
 第4曲『ボヘミアの森と平原から』は単なる自然情景描写音楽ではなく、その奥に秘められた深いもの、畏敬すべきものを感じさせるスケールの大きな演奏です。
 そして最後の2曲『タボール』と「ブラニーク」にこそ、このライヴ盤の真骨頂がありました。
 第5曲『タボール』と第6曲「ブラニーク」は、ボヘミアの宗教改革の先駆者で、教会の堕落を批判したために火刑に処せられた、プラハ大学の学長ヤン・フス(1369-1415)の没後、その遺志を継いだ者たちが起こした宗教戦争、フス戦争を題材としています。
 タボールは拠点となった町の名、ブラニークは、戦士たちの眠る山の名です。伝説によれば、フス教徒の戦士たちが戦いに出た時、先頭に立って彼らを率い守護したのが聖ヴァーツラフだということです。それからも国家存亡の危機を迎えると、聖ヴァーツラフに率いられた騎士団が復活するという伝説があり、この演奏時の1939年はまさに、チェコにとってのその時なのでした。
81XshHcNfnL._AC_SL1000_

 この2年後、2曲は演奏禁止となります。
etr9pzeb
 これは、2曲に通底するフス教徒の古い讃美歌「汝ら、神の戦士」の旋律

 そんな未来を予見してか、ターリヒの演奏の緊迫感、チェコ民族は何者にも冒されまじ、という強い意志表現が2曲に漲っていて、言葉もありませんでした。
 ことに、『ブラニーク』後半の一気呵成の攻め!
   ターリヒと同名のチェコの聖人、聖ヴァーツラフとフスの戦士たちが、民族の危機を救うべく敵に攻め入るさまが活写され、団結の歌が朗らかに、しかし悲愴に盛り上がっていく演奏は、民族の違いを超えて、聴く者に強く訴えかけてきます。
 演奏が終わって万雷の拍手。その拍手の中から、一つの歌が自然発生的に静かに歌い出されました。
 チェコ国歌『わが故郷はいずこに』でした。
                            2026年5月12日記