1934年生まれ、今も現役の水野修孝先生のお名前は、日本オペラの代表的傑作の一つ『天守物語』の作曲家としてよく存じ上げ、おめにかかったこともあり敬愛させていただいておりましたが、この先生に正味演奏時間3時間半超の巨大交響曲『交響的変容』なる大曲があることはおぼろげにしか知らず、もちろん、実演を拝聴したこともありませんでした。
 この作品は、1962年に着手され、最終的な完成をみたのは1987年という、作曲に四半世紀をかけた大作で、1992年に岩城宏之マエストロの指揮、幕張メッセを会場として初演されました。ただ、あまりにも長大で出演者多数を必要とするなどの事情から本日迄再演されることはありませんでした。
 この幻の超大作をぜひとも再演したい、と願ったのが、このたび改修なって新規開館した東京藝術劇場音楽部門、芸術監督に就任された、山田和樹マエストロでした。
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 マーラ―の『千人の交響曲』にも匹敵する、出演者多数のこの曲は、本日、山田マエストロの指揮以下、次の出演陣によって、34年ぶりの再演を迎えました。出演者総数はおよそ400名ということです。
指揮・プロデュース: 山田和樹
管弦楽: 読売日本交響楽団
合唱: 東京混声合唱団、栗友会合唱団
(合唱指揮:栗山文昭、碇山隆一郎)
太鼓: 林 英哲
ティンパニ: 武藤厚志
ソプラノ独唱: 熊木夕茉
総合監修: 水戸博之
賛助出演: 東京音楽大学
(指揮:三河正典、三原明人、佐藤和男、杉原直基、柏木大輝、坂寄楽友、伊丹悦洋、笹田悠翔)
青山学院大学グリーンハーモニー合唱団
慶應義塾大学混声合唱団楽友会
東京大学柏葉会合唱団

 曲は以下の4部から構成されています。間に2回の休憩を挟んで、4時間半超の巨大公演としてみごと完遂されました。 
 
第1部: テュッティの変容(約24分)
第2部: メロディとハーモニーの変容(約20分)
第3部: ビートリズムの変容(約27分)
ー休憩 45分ー
第4部: 合唱とオーケストラの変容(約115分)
第1章(9分)-第2章(3分)-第3章(約30分)
ー休憩 15分ー
第4章(約15分)-第5章(約20分)-第6章(約38分)
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 プログラムには、作曲者ご本人の作品解説が掲載されていました。そこから抜き書きいたします。
第1部: テュッティの変容(1978)
「中間部に弦楽器のみの部分をはさんでオーケストラの全合奏の大規模なサウンドの変容を追求したもの」
第2部: メロディーとハーモニーの変容(1979)
「弦楽器を中心としたメロディーとハーモニーの変容を通して抒情的な可能性を追求したもの」
第3部: ビートリズムの変容(1983)
「アフリカに源をもちアメリカでジャズ、ロック、ポピュラー音楽として育ち、世界中の音楽を変質させているリズム(私はこれをビートリズムと呼ぶ)を中心としたリズム楽章。中間部の和太鼓とティンパニーの2重奏では日本のリズムとの融合を目指している。」

第4部: 合唱とオーケストラの変容(1987)
「全体を通して合唱とオーケストラの大規模な交響的展開が最大の目標であった。前半(1章、2章、3章)は、無調で、第4章はおおきな転換点、そして後半(5章と6章)はテンションやポリコードを含む調的3度和音が中心。それに対応してテキストは、前半は人類が『今必要としている言葉』=主として核への脅威と原爆投下への追体験を歌う。また4章は途中から日本を含めた東南アジア諸国の歌が6隊に分かれた混声合唱隊によって別々に歌われ、最後にボーカリーズの追い分けに収斂する。後半は、『人類が昔から大切にしてきた言葉』から作曲者が選んだものと作曲者自身が作詞した言葉と合わせて、人類愛と平和、無常観をうたったものである。ベートーヴェンの第9交響曲で歌われているシラーの詩による『人類は皆兄弟』や、ミサの通常文からの抜すい、ゲーテのファウストのラストの場面、法華経等である。」
 わたくしは当初、正味3時間半もの時間軸をストーリー性なしで進むことができるのだろうかと、要らざる心配をいたしておりましたが、拝聴してみて、オーケストラ音楽、そしてそれに人声が加わった音楽の可能性がいかに無限大であるかに打たれ、衝撃を受けました。  
 「交響」という概念のうちのいくつかのカテゴリーごとに、最初の3部まてでは器楽のみでそれぞれの変容のさまをこれでもか、これでもかと描き出し、第4部で人声が加わると、もう、いかなる変容も自由自在、そこにカオスも出現するありさまに圧倒されました。
 器楽のみの部分では、なんと申しましても、林英哲氏の和太鼓に、読響首席ティンパニストの武藤厚志氏が最前列の特設ステージの左右で掛け合い、それぞれのソロ・カデンツァを繰り広げる場面が圧巻でした。
                         2026年5月10日記