たくさんの家作を所有して、そのあがりで裕福に暮らす山村家には、お峰という17歳の娘が女中として働いていました。早くに孤児となったお峰は、八百屋を営む叔父にひきとられて大きくしてもらったのですが、今、その叔父が病に倒れ、叔父一家は赤貧にまみれていました。
「お峰、すまねえが、2円でいい。2円でいいから給金の前借をして助けてくんねえか」
手を合わせられたお峰は、おずおずと奥様に前借をお願いします。奥様は嫌な顔をしながらも、
「ちっ、仕方ないねえ、そのかわり、怠けず働くんだよ」
と言ってくれたので、ほっとしていると、大晦日、お出かけする奥様をお見送り際、気まぐれな奥様から、
「やっぱり、前借はさせてやれないからね。いいね。しっかり留守番をおしよ」
と言われてしまい、お峰は絶望にくれます。
それでも、家の内外の掃除に精を出していると、久しく家に寄り付かなかった、この家の先妻の子、石之介がふらりと帰ってきました。今の奥様とそりがあわず、家を飛び出し、道楽三昧をして懐が寂しくなると舞い戻ってくるという遊び人です。
「あれ、おやじさんは留守かい。ここで待たせてもらおうか」
居間の長火鉢の前で、石之介は二つ折りにした座布団を枕に、ゆうゆうと昼寝を始めました。
そこへ、台所の出入り口をトントンと叩いて、お峰の叔父の子が顔を出しました。
「お峰ねえさん、約束のお金、もらってこいって、おとッつぁんが」
「あ、そうだったね、ちょっと待っててね」
ああ、どうしよう…
真っ青な顔で、お峰はふらふらと居間に入りました。
長火鉢では炭がしゅうしゅうとおこり、鉄瓶の湯もしゅんしゅんとたぎって部屋の中は気持ちの良い温かさです。若旦那の石の介は、豪快ないびきをかきながらお昼寝の真っ最中。
ああ、神様、お許しください。お峰は外道に落ちます。
観念したお峰は、奥様がいつも、店子たちのもってきた家賃をいれている手文庫をあけ、20円ほどあった中から1円札を2枚だけ抜き出して、そっと手文庫のふたをしめます。
早鐘のように鳴る胸を押さえながら、石の介のほうを見やると、相変わらず、ぐうぐうと高いびきをかいて、何やら楽しい夢でも見ている様子。
急いで台所口にもどり、
「さあ、これを持ってお帰り」
少年に2円を持たせると、もうそのあとは罪の深さにおそれおののき、生きた心地もしない一日を送りました。
夕刻になって、旦那様も奥様も帰宅。
石の介は父親からまんまと50円をせしめ、上機嫌で、大晦日の賑わいの中に消えていきました。
その後、家じゅうのお金の総決算が始まり、例の手文庫があけられることになりました。
ああ、もうだめだ。
手文庫の中をみた旦那様が、なにやら顔いろを変えています。
ああ、絶体絶命のピンチ。
白状して、舌をかみ切って死のう。
お峰が覚悟しかかったとき、旦那様が怒りの声とともに、手文庫の中から一片の紙きれをつまみあげました。
「なんじゃ、こりゃ!!」
手文庫のなかにはいっているはずの20円の現金は消え失せ、代りに、
「ここの20円もたしかに頂戴つかまつる。石の介」
と書かれた、その紙きれが残されていたのでした。
子どもの頃に読んだ、樋口一葉の少年少女向き短編集の中で、この『大つごもり』の印象は強烈で、今も大晦日のたびに思い出します。
大晦日のたびに、といえば、近頃の大晦日は、東京文化会館の大ホールでは、ベートーヴェンの全交響曲の連続演奏会が、小ホールでは、弦楽四重奏曲の中期・後期作の連続演奏会が開かれるのが恒例となりました。
後者を聴かせていただきたく思っておりましたが、残念にも叶わず、上野の杜の方角へ、耳を澄ませております。
みなさま、今年一年も、たいへんにお世話になりました。
ゆく年、くる年の、皆様のご多幸を心より祈念いたしております。
くる年、辰の歳も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
2023年12月31日記
「お峰、すまねえが、2円でいい。2円でいいから給金の前借をして助けてくんねえか」
手を合わせられたお峰は、おずおずと奥様に前借をお願いします。奥様は嫌な顔をしながらも、
「ちっ、仕方ないねえ、そのかわり、怠けず働くんだよ」
と言ってくれたので、ほっとしていると、大晦日、お出かけする奥様をお見送り際、気まぐれな奥様から、
「やっぱり、前借はさせてやれないからね。いいね。しっかり留守番をおしよ」
と言われてしまい、お峰は絶望にくれます。
それでも、家の内外の掃除に精を出していると、久しく家に寄り付かなかった、この家の先妻の子、石之介がふらりと帰ってきました。今の奥様とそりがあわず、家を飛び出し、道楽三昧をして懐が寂しくなると舞い戻ってくるという遊び人です。
「あれ、おやじさんは留守かい。ここで待たせてもらおうか」
居間の長火鉢の前で、石之介は二つ折りにした座布団を枕に、ゆうゆうと昼寝を始めました。
そこへ、台所の出入り口をトントンと叩いて、お峰の叔父の子が顔を出しました。
「お峰ねえさん、約束のお金、もらってこいって、おとッつぁんが」
「あ、そうだったね、ちょっと待っててね」
ああ、どうしよう…
真っ青な顔で、お峰はふらふらと居間に入りました。
長火鉢では炭がしゅうしゅうとおこり、鉄瓶の湯もしゅんしゅんとたぎって部屋の中は気持ちの良い温かさです。若旦那の石の介は、豪快ないびきをかきながらお昼寝の真っ最中。
ああ、神様、お許しください。お峰は外道に落ちます。
観念したお峰は、奥様がいつも、店子たちのもってきた家賃をいれている手文庫をあけ、20円ほどあった中から1円札を2枚だけ抜き出して、そっと手文庫のふたをしめます。
早鐘のように鳴る胸を押さえながら、石の介のほうを見やると、相変わらず、ぐうぐうと高いびきをかいて、何やら楽しい夢でも見ている様子。
急いで台所口にもどり、
「さあ、これを持ってお帰り」
少年に2円を持たせると、もうそのあとは罪の深さにおそれおののき、生きた心地もしない一日を送りました。
夕刻になって、旦那様も奥様も帰宅。
石の介は父親からまんまと50円をせしめ、上機嫌で、大晦日の賑わいの中に消えていきました。
その後、家じゅうのお金の総決算が始まり、例の手文庫があけられることになりました。
ああ、もうだめだ。
手文庫の中をみた旦那様が、なにやら顔いろを変えています。
ああ、絶体絶命のピンチ。
白状して、舌をかみ切って死のう。
お峰が覚悟しかかったとき、旦那様が怒りの声とともに、手文庫の中から一片の紙きれをつまみあげました。
「なんじゃ、こりゃ!!」
手文庫のなかにはいっているはずの20円の現金は消え失せ、代りに、
「ここの20円もたしかに頂戴つかまつる。石の介」
と書かれた、その紙きれが残されていたのでした。
子どもの頃に読んだ、樋口一葉の少年少女向き短編集の中で、この『大つごもり』の印象は強烈で、今も大晦日のたびに思い出します。
大晦日のたびに、といえば、近頃の大晦日は、東京文化会館の大ホールでは、ベートーヴェンの全交響曲の連続演奏会が、小ホールでは、弦楽四重奏曲の中期・後期作の連続演奏会が開かれるのが恒例となりました。
後者を聴かせていただきたく思っておりましたが、残念にも叶わず、上野の杜の方角へ、耳を澄ませております。
みなさま、今年一年も、たいへんにお世話になりました。
ゆく年、くる年の、皆様のご多幸を心より祈念いたしております。
くる年、辰の歳も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
2023年12月31日記

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