昨10月17日の晩、サントリーホールで開催された読売日本交響楽団第632回定期演奏会で、同団常任指揮者のマエストロ・セバスティアン・ヴァイグレが、ハンス・アイスラー(1898-1962)の『ドイツ交響曲』の日本初演を実現されました。
ハンス・アイスラーはライプツィヒ生まれのユダヤ人で、ウィーンでSchonbergに師事した後、師と袂をわかって独自の作品を書くようになりますが、1930年台に入ってナチスドイツに活動の制限を受けると、1938年にアメリカに亡命します。映画音楽を書いてハリウッドで糊口をしのぎながら、ドイツ時代からの盟友ベルトルド・ブレヒトの、階級闘争をテーマとしながらドイツの本質的な哀しみを問う、歯にきぬを着せない鋭利な詩をテキストとした、11楽章からなる声楽付き交響曲『ドイツ交響曲』を書き進めました。
戦後、共産主義者と見なされてアメリカを追われた彼は、社会主義国であるドイツ民主共和国(東ドイツ)へ戻ります。例の、ブレヒトのテキストによる大作交響曲は、1959年にようやく初演機会を持つことができました。
この『ドイツ交響曲』は現在のドイツでも滅多に上演されないそうです。しかし,旧東ドイツ出身のマエストロ・ヴァイグレは「演奏するのは自分の使命」と考え、読響との日本初演を計画され、昨晩ついにその日本初演を果たされました。
ベートーヴェンの第九と同様、4名の声楽ソリスト、混声四部合唱が圧倒的な歌唱を繰り広げますが、ソリスト4名にはテノールを欠き、男声はバリトンとバスなのです。
テキストの内容がテノールの甘い声にふさわしいものではなく、男声は迫力ある低音で歌われてこそ、歌詞内容が生きるからでしょう。全11楽章のうち、第3、第6、第10楽章はオーケストラのみですが、他の楽章には声楽が入ります。
ソプラノはアンナ・カーラーさん、メゾ・ソプラノはクリスタ・マイヤーさん、バリトンはディートリヒ・ヘンシェルさん、バスはファルク・シュトルックマンさん、合唱は新国立劇場合唱団、どなたもまことに迫真の歌唱でした。
ブレヒトのテキストは、第1楽章の合唱とソプラノの歌い出しからして、あまりにも強烈なものでした。
「おお、ドイツよ、おまえのすばらしい息子たちの血で汚れた、蒼ざめた母よ」
もうこれだけで、これから、どのような嘆き、怒り、悲しみが歌いあげられていくのかが痛いほど伝わってきて、戦慄いたしました。
第2楽章は「強制収容所の闘士たちへ」とされて、メゾ・ソプラノと合唱が次のような内容を歌います。
「ほとんど手の届かない、収容所の地中に埋まる者たちよ、抑圧されても、ゆるぎない思想を持つ者たちよ、……おまえたちは、ゆるぎない信念を持っている。すなわち、ドイツには、採取する者と搾取される者の2種類の人間がいるという信念だ。……そして、階級闘争こそが、都市や農村の大衆を貧困から解放するという信念だ。たとえ拷問を受けたとしても、お前たちは信念をゆるがせたりはしない。お前たちこそ、真のドイツの指導者なのだ」
こうした歌詞が、想像していたよりもずっと聴きやすいオーケストラ音楽にのせて、しかし、変化にも富んで、最後まで信念にみちて歌いあげられました。オーケストラの表現力もお見事なもので、ヴィオラの鈴木さんのSOLO、コンマスの長原さんのSOLO、木管のSOLOなど聴かせどころ、満載でした。
第9楽章には、こんな歌詞もありました。
「わたしたちは、今さえ耐えれば、何でも手に入ると思ってきた。でも、雨は上から下に向かって降り続け、私たちは4年間、草を食べて暮らした」
「雨が上から下へ向かって降る」というのは、雨は社会の上層の者に対しては辛く打ちつけないが、下層に行くにしたがって、それがもたらす脅威は苛酷になる、という意味の暗喩だと思います。
「戦争が終わって共和国をつくったときに、わたしたちは皆が平等になるのだと思い、武器と交換に選挙用紙をわたされて、どうやら、雨は下から上に向かって降りそうだと期待したが、やっぱり、雨は上から下に降って大豪雨となったのだ」という意味の血を吐くような歌詞が続くからです。
二つの大戦によって、ドイツが、否、ドイツの一般大衆が味わった泥沼地獄のような苦しみ。日本の一般国民も、「ほしがりません。勝つまでは」といって、草を食べて暮らしましたが、ドイツも同じでした。
ブレヒトとアイスラーは、それを人類普遍の苦しみであって、二度と誰の身に起こってもならない痛恨事である、決して繰り返してはいけないことであると、この作品を通じて語っているように思えました。
世界各地であまりに酷い、暴力的な不条理劇が現実に進んでいる今こそ、この作品が日本に初紹介された意義は大きいと存じました。
マエストロ・ヴァイグレと、読響の皆様、ソリスト、合唱の皆様、ありがとうございました。
2023年10月18日記
ハンス・アイスラーはライプツィヒ生まれのユダヤ人で、ウィーンでSchonbergに師事した後、師と袂をわかって独自の作品を書くようになりますが、1930年台に入ってナチスドイツに活動の制限を受けると、1938年にアメリカに亡命します。映画音楽を書いてハリウッドで糊口をしのぎながら、ドイツ時代からの盟友ベルトルド・ブレヒトの、階級闘争をテーマとしながらドイツの本質的な哀しみを問う、歯にきぬを着せない鋭利な詩をテキストとした、11楽章からなる声楽付き交響曲『ドイツ交響曲』を書き進めました。
戦後、共産主義者と見なされてアメリカを追われた彼は、社会主義国であるドイツ民主共和国(東ドイツ)へ戻ります。例の、ブレヒトのテキストによる大作交響曲は、1959年にようやく初演機会を持つことができました。
この『ドイツ交響曲』は現在のドイツでも滅多に上演されないそうです。しかし,旧東ドイツ出身のマエストロ・ヴァイグレは「演奏するのは自分の使命」と考え、読響との日本初演を計画され、昨晩ついにその日本初演を果たされました。
ベートーヴェンの第九と同様、4名の声楽ソリスト、混声四部合唱が圧倒的な歌唱を繰り広げますが、ソリスト4名にはテノールを欠き、男声はバリトンとバスなのです。
テキストの内容がテノールの甘い声にふさわしいものではなく、男声は迫力ある低音で歌われてこそ、歌詞内容が生きるからでしょう。全11楽章のうち、第3、第6、第10楽章はオーケストラのみですが、他の楽章には声楽が入ります。
ソプラノはアンナ・カーラーさん、メゾ・ソプラノはクリスタ・マイヤーさん、バリトンはディートリヒ・ヘンシェルさん、バスはファルク・シュトルックマンさん、合唱は新国立劇場合唱団、どなたもまことに迫真の歌唱でした。
ブレヒトのテキストは、第1楽章の合唱とソプラノの歌い出しからして、あまりにも強烈なものでした。
「おお、ドイツよ、おまえのすばらしい息子たちの血で汚れた、蒼ざめた母よ」
もうこれだけで、これから、どのような嘆き、怒り、悲しみが歌いあげられていくのかが痛いほど伝わってきて、戦慄いたしました。
第2楽章は「強制収容所の闘士たちへ」とされて、メゾ・ソプラノと合唱が次のような内容を歌います。
「ほとんど手の届かない、収容所の地中に埋まる者たちよ、抑圧されても、ゆるぎない思想を持つ者たちよ、……おまえたちは、ゆるぎない信念を持っている。すなわち、ドイツには、採取する者と搾取される者の2種類の人間がいるという信念だ。……そして、階級闘争こそが、都市や農村の大衆を貧困から解放するという信念だ。たとえ拷問を受けたとしても、お前たちは信念をゆるがせたりはしない。お前たちこそ、真のドイツの指導者なのだ」
こうした歌詞が、想像していたよりもずっと聴きやすいオーケストラ音楽にのせて、しかし、変化にも富んで、最後まで信念にみちて歌いあげられました。オーケストラの表現力もお見事なもので、ヴィオラの鈴木さんのSOLO、コンマスの長原さんのSOLO、木管のSOLOなど聴かせどころ、満載でした。
第9楽章には、こんな歌詞もありました。
「わたしたちは、今さえ耐えれば、何でも手に入ると思ってきた。でも、雨は上から下に向かって降り続け、私たちは4年間、草を食べて暮らした」
「雨が上から下へ向かって降る」というのは、雨は社会の上層の者に対しては辛く打ちつけないが、下層に行くにしたがって、それがもたらす脅威は苛酷になる、という意味の暗喩だと思います。
「戦争が終わって共和国をつくったときに、わたしたちは皆が平等になるのだと思い、武器と交換に選挙用紙をわたされて、どうやら、雨は下から上に向かって降りそうだと期待したが、やっぱり、雨は上から下に降って大豪雨となったのだ」という意味の血を吐くような歌詞が続くからです。
二つの大戦によって、ドイツが、否、ドイツの一般大衆が味わった泥沼地獄のような苦しみ。日本の一般国民も、「ほしがりません。勝つまでは」といって、草を食べて暮らしましたが、ドイツも同じでした。
ブレヒトとアイスラーは、それを人類普遍の苦しみであって、二度と誰の身に起こってもならない痛恨事である、決して繰り返してはいけないことであると、この作品を通じて語っているように思えました。
世界各地であまりに酷い、暴力的な不条理劇が現実に進んでいる今こそ、この作品が日本に初紹介された意義は大きいと存じました。
マエストロ・ヴァイグレと、読響の皆様、ソリスト、合唱の皆様、ありがとうございました。
2023年10月18日記

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