昨日の記事に書かせていただいたように、昨日6月10日は『トリスタンとイゾルデ』の初演日でしたが、ちょうどこの日と前日の、日本フィルハーモニー交響楽団第751定期演奏会では、幕開けに「前奏曲と愛の死」が演奏されました。指揮は、2005年に東洋人として初めてバイロイト音楽祭に登場し、『トリスタンとイゾルデ』を振った大植英次マエストロ。
 昨日の日本フィルとの『前奏曲と愛の死』は、とことん弱音を大切にし、音と音を静かになめらかにつないでいく、求心力の高い音楽づくりでした。日本フィルの弦の美しさも再認識いたしました。
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 2曲目は、阪田知樹さんを迎えた、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番。第2番は最近、その難度の高さと圧倒的なモンスター度のゆえに、第3番よりもむしろコンクールなどで弾く人が増えてきたようです。昨今の若手のピアニストたちは技術向上がめざましいので、このような恐るべき難曲をばりばりと弾いてしまわれますが、技術だけで弾ける曲でないことは申すまでもございません。
 昨日の阪田さんの演奏は細部まで咀嚼の行き届いたもので、この曲のロシア的な特質と音色感もしっかりと打ち出し、『ロミオとジュリエット』のあちこちの場面に通じるプロコフィエフ・カラーもたっぷりと感じさせる、魅惑的なアプローチでした。もっとも感心したのは、これ見よがしなところがまったくなく、どんな難所を鮮やかに決めても、表情もポーズも自然体であったことでした。マエストロとの息もぴったりでした。この曲ですべてを語りつくした阪田さんは、あえて、アンコール曲をお弾きになりませんでした。
 後半は『悲愴』です。木野コンマスのもと、日フィルのパワー全開です。第3楽章のクライマックスでマエストロは指揮をやめてしまい、オーケストラに向かってタクトを突き出しました。その意を汲んで、朗々と鳴り渡るオーケストラ。でも、どんなに勇壮で華やかでも、これは悲劇の前の空しいから元気。この壮大なクライマックスは、フィナーレの最後の、あまりにも痛々しい幕切れと見事な好対照をなし、全体の悲劇性を一層引き立てていました。マエストロのお見事な設計です。
                                     2023年6月11日記