今日はロベルト・アレキサンダー・シューマンの213歳のお誕生日。何か、ささやかなお祝いをしたいと思い、朝のひと時、ピアノに向かって『子どもの情景』の中から少しだけ弾かせていただきました。子どもの世界へ聴き手を誘うメルヘンティックな幕開け曲『見知らぬ国々』、夢がまたひとつの夢を呼び、夢たちが翼を得て飛翔する『トロイメライ』、その双子の姉妹でやさしさと和みに満ちた『炉端にて』の3曲です。
 シューマンがこの曲集を書いた1838年、彼はまだ独身で、わが子というものと出会ってはいませんでした。ですから、『子どもの情景』はドビュッシーの『子どもの領分』のように自分の子のための曲集ではなく、自身が少年の心となって少年の日を夢想して生んだ、彼のロマンの結晶です。作曲のきっかけとなったのは、9つも年下のクララから「時折、あなたが子どものようにみえます」と手紙に書かれたことでした。作曲直後、彼はクララにこんな手紙を送っています。
OIP

「憧れと期待ほど、空想に翼を与えるものはない事を僕は知りました。この数日というもの、君からの手紙を待ち焦がれつつ、僕は一冊の曲集となるくらいの、不思議で楽しい小曲をたくさん書きました。君はきっと、目を見張って弾いてくださるでしょう。これらは、君が以前に僕に書いてくれた言葉=僕が子どものようにみえることがある=の、やまびこかもしれません。ともあれ、君の言葉が霊感のもととなったことは確かです。その中から13曲を選んで『子どもの情景』と名づけました」

 この曲集は、翌年1839年に出版されます。するとこれを絶賛したのがリストでした。
 リストはシューマンより1歳年下で、生涯独身ですが、1839年までに、ブランディーヌ、コージマ、ダニエルの3児をマリー・ダグー伯爵夫人との間にもうけていました。この美男美女カップルは諍いに満ち、別離期間も長い波瀾のパートナー生活を送り、子どもも里子に出すことが多かったため、親子五人の一家団欒など一度も経験していませんが、それでも、まだ両親が熱愛中の1835年に生まれた長女ブランディーヌだけは家庭の味らしきものをほんの少し知っていて、父親にピアノを弾いてもらうのが大好きでした。
 1839年、出版された『子どもの情景』をもっとも愛し、この曲集に夢中になったのは、このブランディーヌでした。リストがロベルトに書き送っています。
「貴君の『子どもの情景』は娘のお気に入りです。何度も何度も弾いてくれ、とせがむので、わたしはこればかりひかされています。ことに娘が好きなのは第1曲『見知らぬ国々』です」
 期せずしてロベルトは、リストとその娘に、彼でなければ実現できない、父と娘の心をつなぐ音楽の贈り物をしたのでした。  
                                    2023年6月8日記