1891年生まれのシャルル・ミュンシュが1962年に単身来日して、発足6年の若いオーケストラ、日本フィルハーモニー交響楽団を振ったことは、日本のオーケストラ史の一ページを刻む出来事だったと思います。アルザス・ロレーヌ地方出身、出生当時はドイツ人、カール・ミュンヒだった彼は、のちにフランス人、シャルル・ミュンシュとなり、戦後は渡米してボストン交響楽団を13年間に亘って統率しました。
 ボストン響勇退後の1962年に日本に来てくださり、日本フィルを振られたわけです。  
 本日のかがやき大学講座では、そのうちの、リストのピアノ協奏曲第1番、ブラームスの交響曲第1番によるコンサートのライヴ映像を鑑賞いたしました。  
 リストの協奏曲のソリストは、ニコール・アンリオ=シュヴァイツァーさん。「密林の聖者」アルベルト・シュヴァイツァー博士の甥の奥様で、ミュンシュにとっても縁戚に当たるフランスのピアニストです。マルグリット・ロンの愛弟子でもありました。
 毅然とした、切れ味のよい、会心のリストを聴かせてくださいました。
 ブラームスの1番では、ミュンシュがトレードマークの長い指揮棒を風車の如くにぶんぶん回す、豪快な指揮姿と、そこから生まれるスケールの大きな演奏を堪能いたしました。第2楽章のコンマス・ソロは、1960年から日本に来ていらしたアメリカのヴァイオリニスト、ルイ・グレラーさん。日フィルの弦のレールを敷かれた功労者です。
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 終わりましてから、ボランティアで役員をしてくださっているみなさまと、北の丸のお堀の初夏の緑をバックに写真をとりました。お力添え、ありがとうございました。
                                  2023年6月6日記