イリーナ・メジューエワさんから、進行中の「シューベルト作品集」の第3集をお送りいただき、本日、じっくりと謹聴させていただきました。収録曲は、即興曲集op.142 D935の4曲、ディアベリのワルツの主題による変奏曲、アレグレットハ短調、ピアノ・ソナタ第14番イ短調です。
ある程度、予想していたこととはいえ、op.142の最初の曲が聴こえてきたとき、その彫りの深い、シックな中にきらめきのある音にハッと打たれました。あ、この音、これが、メジューエワさんの音。そして、あの楽器の音だ、と、記憶がよみがえりました。それは昨年12月12日にトッパンホールでリサイタルを開かれたときに用いられた、1925年製ニューヨーク・スタインウェイの音でした。本番を聴かせていただく都合がつきませんでしたため、ゲネプロに伺い、ブラームスのソナタ3番と、リストの『巡礼年報』第3年を拝聴し、その100歳近い名器の音を堪能したのでした。
こちらの『シューベルト』vol.3は、リサイタルのわずか1週間ほど前に、富山県魚津市の新川文化ホールでセッション録音されたものだったことに、まず驚きました。
トッパンホール・リサイタルと、まったく曲目が異なるのです。富山でこれほどのシューベルトを録音なさって一週間後に、東京で、ブラームスとリストのリサイタル。これがプロというものでしょう。
使用ピアノは同じで、メジューエワさんらしい毅然としたタッチで、名器から表情豊かなシューベルトを引き出しておられました。いずれの音域、どのような曲想においても、音の深みと端正さは変わりません。気品も申し分なく、ときに、凄みのある一面もみせておられ、何と奥行きの深いシューベルトだろうかと、感嘆いたしました。
2023年6月1日記
ある程度、予想していたこととはいえ、op.142の最初の曲が聴こえてきたとき、その彫りの深い、シックな中にきらめきのある音にハッと打たれました。あ、この音、これが、メジューエワさんの音。そして、あの楽器の音だ、と、記憶がよみがえりました。それは昨年12月12日にトッパンホールでリサイタルを開かれたときに用いられた、1925年製ニューヨーク・スタインウェイの音でした。本番を聴かせていただく都合がつきませんでしたため、ゲネプロに伺い、ブラームスのソナタ3番と、リストの『巡礼年報』第3年を拝聴し、その100歳近い名器の音を堪能したのでした。
こちらの『シューベルト』vol.3は、リサイタルのわずか1週間ほど前に、富山県魚津市の新川文化ホールでセッション録音されたものだったことに、まず驚きました。
トッパンホール・リサイタルと、まったく曲目が異なるのです。富山でこれほどのシューベルトを録音なさって一週間後に、東京で、ブラームスとリストのリサイタル。これがプロというものでしょう。
使用ピアノは同じで、メジューエワさんらしい毅然としたタッチで、名器から表情豊かなシューベルトを引き出しておられました。いずれの音域、どのような曲想においても、音の深みと端正さは変わりません。気品も申し分なく、ときに、凄みのある一面もみせておられ、何と奥行きの深いシューベルトだろうかと、感嘆いたしました。
2023年6月1日記

コメント
コメント一覧 (2)
晩年の孤独なシューベルトに、歩調を合わせて歩むようなメジューエワの心が
せつせつと伝わって来ます。
このニューヨーク・スタインウェイの音もいいですね!何か豊潤な螺鈿細工の色彩を感じさせます。
ピアニストにとってピアノは、まさにフリューゲル──翼に等しいもの。そしてまた肉声ですね。
メジューエワはここでまた、新しい翼と肉声を得たのだと感じました。
このような、世界が戦争の時期に、このようなシューベルトを聴きますと、久しく忘れていた
一つのヨーロッパが、エカテリーナⅡ世も感じていたような一つのヨーロッパが心に浮かび上がります。
あのエルミタージュのラファエロやウラジーミルの生神女も見つめ続けて来た一つのヨーロッパ。
それを回復させてくれる“力”を感じることのできた演奏でした。
yukiko3916
が
しました
yukiko3916
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しました