昨日、「中山良夫プロデュース・音楽工房カルテット」のコンサートで、ラズモフスキーの第1番の名演を聴かせていただいて、今もその演奏が頭の中になっております。まことに、このような壮麗巨大にして、実験性にも富んだ野心作を、ベートーヴェンはどのようなところから発想して、いかにして書き上げてしまったのか。いつも、聴くたびに驚き入り、でも、だからこそ、ベートーヴェンなのだ、ベートーヴェン以外の誰にも書けない大胆不敵な傑作なのだと自分に答えております。 
 こちらの絵画は「ラズモフスキー伯爵のカルテットを指揮するベートーヴェン」とかいう後世の作ですが、雰囲気はよく出ていると存じます。
OIP
 
 どの楽章も大好きですが、第2楽章の同音連打のモティーフなど、実に大発明だと思いますし、これがあるからこそ、続く旋律的なフレーズが生きると存じます。しかし、当時の聴衆は、これをベートーヴェンの悪い冗談かと思い、「まさかこれを、音楽のつもりで書いたのではないでしょうね」と問うたとか。
 ベートーヴェンの答えて曰く。
「私はこれを次代の聴衆のために書きました」
 たしかに、今のわたくしたちは、リズミックな効果をすばらしいと思いこそすれ、まったく奇異には感じませんから、ベートーヴェンの目がいかに先の時代を見据えていたかがわかります。
 第3楽章のメスト主題も、ベートーヴェンの偽らざる心情吐露に聴こえ、涙を誘われます。一方、第1ヴァイオリンのミニ・カデンツァがトリルに至って、そこから終楽章へ続くところでは、いつもヴァイオリン協奏曲を思い起こします。
 フィナーレのロシアの主題はとても親しみやすくて、ベートーヴェンのセンスを感じます。ベートーヴェンは、依頼者のロシア貴族、ラズモフスキー伯爵のリクエストに応じて、ここに、ロシア民謡を盛り込んだわけですが、心の浮き立つような旋律は、思わず口ずさみたくなり、つくづくよい選曲だと思うのです。
 昨日のコンサートで配布されたプログラムの中山良夫氏の解説によれば、これはロシア民謡と言っても、正確にはウクライナ民謡『ああ、わが運命よ』の旋律なのだということで、さすが歌の宝庫ウクライナ、さもありなん、と思うと同時に、現状の不条理さに、あらためて切歯扼腕しきりでございました。
                                   2023年4月17日記