世界各都市で上演されている、イギリスの劇作家トム・ストッパードの演劇『レオポルトシュタット』を本日、新国立劇場中劇場で鑑賞させていただきました。まずびっくりいたしましたのは、最初に照明をぱっと落として、漆黒の闇の中、マーラーの交響曲第1番『巨人』第2楽章が、なんの屈託もなさそうに陽気に奏されたかと思うと舞台が明るくなったときです。そこは1899年のウィーン。あるユダヤ人一族の人々が居心地のよさそうな居間に集う、幸福を絵に描いたようなクリスマスシーンでした。多くの大人や子供がそれぞれの場所でおしゃべりに興じ、あるいはクリスマスツリーの飾りつけをしています。キリスト教に改宗し織物工場を営む当主のヘルマンは親戚の男性に、近く乗馬クラブの会員に推されることになったと嬉しそうに話し、ウィーンの上流市民社会に溶け込めた、と悲しい錯覚をしています。この一家は、一般のユダヤ人たちの住む密集地区レオポルトシュタットではなく、快適な地区にこの屋敷を構えていたのです。彼らの会話の中に「レオポルトシュタット」という言葉が出ると、みな、恐ろしそうに肩をすくめ、そこに暮らさないで済む自分たちの幸せを噛みしめます。
ヘルマンは自分たちがオーストリア人社会に溶け込めたように思おうとしていますが、でも、それは幻想でした。
彼は妻のお相手の、颯爽としたオーストリア人将校のところに抗議にいって完膚なきまでに敗退し、屈辱的運命を予感します。ユダヤ系一族が市民社会に受け容れられることはありえず、それから半世紀間にわたって、一族は苛酷な運命を歩みます。
そして1938年のある日、いきなり乗り込んできたナチス将校によって、ヘルマンは家屋敷、工場、財産すべてを無償譲渡する書類にサインさせられ、一族は全員即刻、屋敷を追われます。
最後の場面は1948年。あの華やかで幸福そうだった、成功したユダヤ人一族の人々はほぼ全員が、収容所の露と消えていました。当主ヘルマンのように収容所送りの直前に自殺なさった方は、それに比べればずっと幸せに思えるほど、この方たちの運命は無残なものでした。
最後に、奇跡的に第二次大戦後まで生を伸ばしたこの一族の青年二人、一人はユダヤ人である事を肯定し、一人は母親の再婚相手がイギリス人だったためにイギリス人として育ったことを幸運に思う若者ですが、この二人の回顧と人生観のやりとりがあって、この、あまりにもシリアスで問題提起的なお芝居の幕は引かれました。
多くの方に是非ご覧いただきたい舞台でございます。主要登場人物には皆、とてつもない、長台詞があり、間髪を入れずにそれをやり取りなさる気迫は圧巻としか、申し上げようがございません。
わたくしたちひとりひとりが、自分はどこから来て、何に向かうのか、真摯に問われる、稀有な舞台作品でございました。
2022年10月20日記
ヘルマンは自分たちがオーストリア人社会に溶け込めたように思おうとしていますが、でも、それは幻想でした。
彼は妻のお相手の、颯爽としたオーストリア人将校のところに抗議にいって完膚なきまでに敗退し、屈辱的運命を予感します。ユダヤ系一族が市民社会に受け容れられることはありえず、それから半世紀間にわたって、一族は苛酷な運命を歩みます。
そして1938年のある日、いきなり乗り込んできたナチス将校によって、ヘルマンは家屋敷、工場、財産すべてを無償譲渡する書類にサインさせられ、一族は全員即刻、屋敷を追われます。
最後の場面は1948年。あの華やかで幸福そうだった、成功したユダヤ人一族の人々はほぼ全員が、収容所の露と消えていました。当主ヘルマンのように収容所送りの直前に自殺なさった方は、それに比べればずっと幸せに思えるほど、この方たちの運命は無残なものでした。
最後に、奇跡的に第二次大戦後まで生を伸ばしたこの一族の青年二人、一人はユダヤ人である事を肯定し、一人は母親の再婚相手がイギリス人だったためにイギリス人として育ったことを幸運に思う若者ですが、この二人の回顧と人生観のやりとりがあって、この、あまりにもシリアスで問題提起的なお芝居の幕は引かれました。
多くの方に是非ご覧いただきたい舞台でございます。主要登場人物には皆、とてつもない、長台詞があり、間髪を入れずにそれをやり取りなさる気迫は圧巻としか、申し上げようがございません。
わたくしたちひとりひとりが、自分はどこから来て、何に向かうのか、真摯に問われる、稀有な舞台作品でございました。
2022年10月20日記
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