本日14:00より、東京文化会館小ホールで開催された「梯剛之・ベートーヴェン最後の3つのソナタ リサイタル」を拝聴してまいりました。剛之さんとのおつきあいはもう20数年になります。できるだけ、聴かせていただくようにしておりまして、その都度、感銘を受けますが、本日の、ベートーヴェン最後の3つのソナタには剛之さんの、少年時代以来今日までの長く苦しい歩の末にたどりついた境地がうかがわれ、胸に迫るものを感じながら聴かせていただいてまいりました。
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 わたくしごとではございますが、ちょうど『モストリークラシック』10月発売号に、ベートーヴェンの最後の10年の困難な、しかし、その中で苦闘しつつ、晩年の厳しい作風にたどりついた歩みを書かせていただいたところでしたので、本日の剛之さんの3曲の演奏はベートーヴェンその人を感じて、目頭を熱くさせながら聴かせていただきました。
 前半に、第30番ホ長調作品109と第31番変イ長調作品110、後半に第32番ハ長調作品111が演奏されました。ことに胸に響いたのは、作品110と作品111の2曲です。これらを書いた時、ベートーヴェンはもう相当に健康を害していて、半死半生だったのに、作品110には限りない愛とやさしさをこめ、作品111には自身の創作人生を振りかえる決然とした気構えと、悔いを残さぬありとあらゆるメッセージを込め、これまでに培った極上のノウハウを投入したことが、剛之さんの演奏から、ありありとわかりました。
 緻密な、しかし自然なダイナミクス設計、心からの発露である作為なきアゴーギグ、鍛え抜かれた指の技術のなせる、永遠に続くかと思えるムラのないトリル、両手がいかに入り組もうとも瞬間瞬間に伝えるべき最重要音を浮き立たせる見事なテクニック、それらに支えられて、ベートーヴェンの最後のソナタ創作の歩みに肉薄でき、その果実を味わわせていただくことのできた、圧巻のコンサートでした。
 アンコールとして、剛之さんいわく「皆様によき夜の時間を過ごしていただくために」として、ドビュッシー『月の光』とショパンの『夜想曲第2番』。この2曲も高い境地にありました。
                               2022年10月10日記