昨日10月1日は新日本フィルハーモニー交響楽団トリフォニー・シリーズ第644回を拝聴してまいりました。指揮は尾高忠明マエストロ。コンサートマスターは崔文洙さん。オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラムで、前半は16歳のときの『セレナード変ホ長調』op.7と、最晩年の『4つの最後の歌』という生涯の両端の2曲。後半が交響詩時代の最後を飾る、といっても33歳で完成させた『英雄の生涯』op.40。
シュトラウスの『セレナード』はモーツァルトのそれを踏まえたもので、モーツァルトのセレナードの一つ『グラン・パルティータ』K.361が13人の奏者のための楽曲であるのに対して、こちらは14人の奏者によって演奏されます。ステージの前の方に2列の弧を描くように配置された奏者は、前列がオーボエ2、フルート2、ファゴット2、クラリネット2、後列がホルン4、コントラファゴット、コントラバス。モーツァルト時代への素直なオマージュを聴きとることのできる、伸び伸びとした演奏でした。
『4つの最後の歌』のソリストはドイツの名ソプラノ、ユリアーネ・バンゼさん。お芝居風の要素を一切排して、歌唱のみで勝負なさる、真のドイツリートの歌い手とお見受けしました。派手なお声ではありませんが、気品と深みがあってこの作品にぴったりで、ことに第4曲は歌詞の内容とあいまってしみじみとした気分に誘われる名唱でした。
『英雄の生涯』は14型通常配置。ホルンは9本と豪勢で、コントラバスも7名に増員されてスケールの大きな音楽が現出しました。
ご承知の通り、ここでいう「英雄」とはシュトラウス自身のこと。82歳まで存命されたのに33歳でもう生涯を振り返ってしまうなんて、ずいぶんと気の早いお話ですが、きっと、こんな生涯でありたいものだ、との願望だったのかも知れません。

曲は以下のような6部構成でございます。
まず、①自身の主題が堂々と呈示されて英雄的に生きるのだ、という大局的指針があきらかにされ、でも、②そう生きようとする彼をバッシングする批評家たちに悩まされます。③彼は妻に慰められて愛の気分に浸ります。④愛のひと時によって勇気を得た彼は敢然と敵たちと闘い勝利を得ます。⑤ごらんなさい、これが敵を制覇して勝ち得た彼の業績の数々ですよ、とばかり、勲章のように、これまでに書いた一連の交響詩の断片が懐古され、⑥これほどまで業績をあげたのだから、さあ隠居して愛する妻と共に悠々自適の余生に入りましたとさ……。
というわけで、一編のライフストーリーとなっていますので、それがわかるように演奏していただくと、嬉しいものです。尾高マエストロは壮大さの中にメリハリをゆたかにつけた音楽運びで、見事にシュトラウスの、いささか大風呂敷な、しかも早すぎる自伝を面白く描き出してくださいました。
シュトラウスには、とてつもない恐妻家で常に奥さんの一歩後ろを歩いていた、いつも耳に鉛筆を挟んでいてその鉛筆でギャラの計算をしていたほどのお金に細かい人だった、ナチスに迎合したかに見えたのはユダヤ系だった息子のお嫁さんと孫を守るためだったに過ぎず、本当は反ナチスだった、などのエピソードが豊富です。『英雄の生涯』もそんな彼のいろいろなお顔を重ね合わせながら聴くと、一層楽しく鑑賞できるように存じます。
2022年10月2日記
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