9月23日の本夕、紀尾井ホールで開催された、トレヴァー・ピノック指揮、紀尾井ホール室内管弦楽団第132回定期演奏会を聴いてまいりました。わたくしの貧弱な認識では、ピノックさんは優れた鍵盤楽器奏者にして、ご自身の創設されたイングリッシュ・コンサートを弾き振りなさる指揮者で、その頃の演奏は、溌溂としたテンポのアグレッシヴなアプローチ、という印象でしたが、当夜はその印象を払底する、きわめてマイルドにして精緻な、やわらかな音楽を紡ぎ出しておられるのに、嬉しい驚愕を覚えました。
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 1曲目は、ワーグナーがついに晴れて結婚できたコージマのために書いた『ジーグフリート牧歌』。弦をアップ・ボウから始められ、起伏ゆたかに大きなclimaxも築かれた演奏は、この曲の、静謐すぎる、印象を打ち破る、人間の体温に溢れたものでした。
 次の、2007年生れ、アレクサンドラ・ドヴガンさんをソストに迎えた、ショパンのヘ短調協奏曲は絶品でした。
 10代前半から半ばの少年少女ソリストの、「天才」としての喧伝ぶりには、19世紀以来、多くの聴き手が懐疑的になってきた歴史がございますし、わたくしもその半信半疑者の一人でございましたが、今夜、彼女のショパン、ヘ短調協奏曲をお聴きして、ただただ頭をたれました。
 モスクワ音楽院に学ばれ、いくつもの青少年コンクールを制覇されて早くから注目されてきたこの若きピアニストは、堅牢な構築力とくせのないまっすぐなピアニズム、パッセージの美しい音の首飾りにおいて、間違いなく21世紀前半を代表するピアニストの一人になられることでしょう。
 後半のシューベルト、第5番変ロ長調交響曲のものやわらきにして、生き生きとした名演、アンコールの『ロザムンデ』の魅惑の音も忘れられません。   
                                   2022年9月23日記