1931年2月11日のお生まれ、現在91歳と7か月になられる、小林武史先生のヴァイオリン・リサイタルを、9月18日の午後、王子ホールで拝聴してまいりました。台風14号の影響を受け東京もちょうど、天の水桶が逆さになったような大雨の真っただ中で、銀座の道路も川のような状態だったというのに、驚くべきことに、王子ホールは満席に近く、小林先生ファンは台風も大雨もなんのそので、いささかもひるまれることなく、会場に出向かれたことがよくわかりました。
 小林武史先生はこれまでと変わらない自然体の足取りで登場されて椅子に掛けられ、長年のパートナー、野平一郎先生のピアノで、前半に團伊玖磨『ファンタジア第1番』、伊福部昭『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』を、後半に有馬礼子『天使の子守唄』、ハチャトゥリアン『ノクターン』、ヤナーチェク『ドゥムカ』、そしてスメタナ『わが祖国より』第1番、第2番を弾いてくださいました。
IMG20220919003945_20220919004018

 日本人作曲家の3曲は、全て武史先生のために作曲された作品です。そして、ヤナーチェク、スメタナは武史先生が長くそのお国でキャリアを築かれ、その音楽語法を血肉とされておられるチェコの作曲家、ハチャトゥリアンもそこから比較的近いジョージア生れの作曲家ですから、どの曲も隅々まで先生の表現語法が作曲家の意図にぴたりと適って、このコンサートでなければ聴くことのできない、一期一会の生きた音楽の数々に心から浸らせていただくことができました。
 武史先生のヴァイオリンは、無駄な弓圧をまったくかけず、淡々と弾いておいでのようにお見受けいたしますが、だからといって枯淡の境地といいきってしまうこともできない、奥底に炎が秘められているところが魅力でございます。
 アンコールとして、まず、山田耕筰『のばら』を弾いてくださり、次に「チェコにはヨゼフ・スークという作曲家が二人いますが、これはたぶん、お父さんのほうのヨゼフ・スークの『メロディ』です」と紹介されて、スークの『メロディ』を弾かれました。この方は、ドヴォルザークの愛弟子で娘オッテリエのお婿さんになられた作曲家です。
 そして、最後に本編でもお弾きになられた、有馬礼子『子守唄』をもう一度聴かせてくださったのです。6/8拍子の心地よいリズムにのせて、胸に染み入る子守唄の旋律が淡々と進行する、とてもやさしい調べです。そして演奏後、客席におられた有馬先生を前に招かれてご挨拶なさいました。本当は、ステージに上がっていただきたかったごようすでしたのに、階段がなくて、ステージの上と下からの握手でございましたが、まことに感動的な光景でございました。赤地に細かい柄のワンピースをお召しの有馬先生は1933年のお生まれ。お二人は長年の音楽友だちでいらっしゃいます。
 いったん袖に入られて、またお戻りになられた武史先生、ああ、何と、何と、もう一回弾きましょう、とおっしゃられ、よくよくお気に入りなのでしょう、『子守唄』をまたも演奏されて、満場の大拍手のうちにコンサートの幕を下ろされました。
 武史先生、来年のリサイタルを楽しみにいたしております。
                                  2022年9月19日記