19世紀最大のピアノの巨匠、フランツ・リストが、オーケストラ音楽分野でも交響詩を創始し、標題交響曲も書くなど大きな仕事を遺したことは皆さまご存知の通りですが、彼の大規模ピアノ独奏曲が実はオーケストラ音楽に匹敵する書法とゆたかな内容を持っていることを、東京フィルハーモニー交響楽団の音楽監督、アンドレア・バッティストーニさんが、昨晩9月16日サントリーホール公演で示してくださいました。
 この公演では、前半に、リストのピアノ独奏曲『ダンテを読みて』、通称ダンテ・ソナタをバッティストーニさんご自身がオーケストラに編曲した、華麗なオーケストラ作品が、後半には、マーラーの交響曲第5番が演奏されました。
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 リスト『ダンテを読みて』は。ルネサンス期イタリアの思想家・文学者ダンテの『神曲』から着想した単一楽章形式のピアノ・ソナタ、あるいはピアノによる交響詩ともいうべき叙事的作品です。ダンテの『神曲』の多くの逸話の中でも、政略結婚させられた醜い夫の弟、美男のパオロと恋に落ちてしまい、パオロもろとも夫に殺害されたフランチェスカの悲劇を題材に、道ならぬ恋の罪とエクスキューズを描いた大変深刻な音楽です。ピアノ独奏でも、名手が弾けば描き切れなくはありませんが、今回のようにオーケストラで表現した時の能弁さと迫力は驚くべきもので、オーケストラ書法と楽器法をこれほどまでによく手中に収めたバッティストーニさんの名編曲に慄然といたしました。冒頭の地獄門の開閉、金管楽器を巧みに用いて、まさに恐ろしい門のあくさまが目に浮かぶ編曲です。そして、フランチェスカの愛の主題をやさしく奏でるヴァイオリンの何と甘美なことでしょう。
 リストが聴いたら「おお、よくぞわたしの意を汲んでくれたね」と絶賛するでしょう。
 後半のマーラー5番。冒頭のトランペット独奏、実に伸びやかに吹かれてあらゆる倍音が美しく響き、何の作為も気負い過ぎることもない自然体を維持されながら見事に楽器を鳴らしておられました。第3楽章のホルン・ソロの素晴らしさも比類がございません。これはよほど、マエストロとの相性が良いのでしょう。
 そうしたソロ楽器に限らず、第4楽章の弦楽アンサンブルとハープにいたしましても、オーケストラ全体がマエストロの棒に全身で身を委ねて、巧まずして最高のマーラー5番を実現なさっておいででした。
 マエストロ・バッティの音楽が、以前よりもぐんと彫りが深くなられているように感じ、たいへん嬉しく頼もしく存じjました。
                                2022年9月17日記