2月24日のプーチン悪魔軍のウクライナ理不尽侵攻以来、毎日,思うところを本ブログに綴らせていただいておりますが、この間に、ムソルグスキー『展覧会の絵』の曲目解説依頼がございました。この曲については、これまでに幾度となくご依頼により、曲目解説を書かせていただいてまいりまして、その都度、その時点での拙理解を最大限込めて、書き改めてまいりましたが、このほどの大きな変更点は、最終曲のタイトルとそこにこめた祈りでございました。
 わたくしは、今回、この最終曲のタイトルを、従来の『キエフの大門』から『キーウの大門』に変更させていただき、曲の背景全般をかく綴らせていただきました。こちらが「キーウの大門」と目される歴史遺産に虹がかかったときのお写真でございますが、もしかしたら、もう爆撃破壊されたのではないかと思うと、胸がかきむしられる心持がいたします。許せないことでございます。
download

 ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」

19世紀後半は中央ヨーロッパ以外の諸国に、自国の伝統音楽を見直してクラシック音楽の手法の中にとり入れようとする国民楽派の動きが起こった時代です。ロシアでは、バラキレフ、ボロディン、キュイ、リムスキー=コルサコフ、ムソルグスキーの「5人組」がその担い手となりました。彼らは、リーダーのバラキレフを除き、ボロディンがペテルブルク大学の生化学教授、キュイが軍人、リムスキー=コルサコフが海軍士官、ムソルグスキーが官吏というように、ほぼすべて、「日曜日の作曲家」だったことが大きな特色でございます。と申しますと優雅に聴こえますが、そもそも当時のロシアで、音楽によってパンを得られる土壌は希薄だったわけでございます。
 このグループのうち、リムスキー=コルサコフに次いで2番目に若く、最も才能のあったと言われるモデスト・ムソルグスキー(1839-1881)には画家兼建築家のヴィクトル・アレクサンドロヴィチ・ガルトマン(1834-1873)という友人がいたのですが、187384日に急逝し、翌春、その遺作展が開かれます。会場に出掛けたムソルグスキーはそこで目にした10点の絵画の印象をもとに同年7月、ピアノ組曲「展覧会の絵」を書き上げました。しかし、この曲が初演も出版もされないうちに1881328日、ムソルグスキーは世を去りました。

友人リムスキー=コルサコフはこの組曲に補筆した上で1886年に初めて出版に漕ぎ着けます。けれども、演奏機会はあまりありませんでした。すると1922年、指揮者クーセヴィツキーがこの曲に着眼してオーケストレーションの名手モーリス・ラヴェル(1875-1937)にオーケストラ編曲を依頼し、ボストン交響楽団を指揮して初演、大成功を収めたのを機に、リムスキー=コルサコフ校訂版のピアノ曲も注目され始めます。

 ムソルグスキー原典版についに陽が当たったのは、旧ソ連の巨匠ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテルが1958年に原典版によってこの曲を演奏し、そのライヴ録音が西側に輸出されたときからです。このときからムソルグスキー原典版、あるいはそれにほぼ忠実なシャンデルト校訂によるウィーン原典版が普及するようになりました。

プロムナードⅠ:変ロ長調。展覧会の会場を絵から絵へと移って歩く部分がプロムナードです。5/4拍子と6/4拍子が頻繁に交代します。プロムナードⅠは変ロ長調。

1曲〈グノム〉:変ホ短調、3/4拍子と4/4拍子が交代します。グノムとは山奥の地底で宝を守る小人の神のこと。素早い音型が特徴です。

プロムナードⅡ:変イ長調。

2曲〈古い城〉:嬰ト短調、6/8拍子のシチリアーノ風の曲。中世イタリアの古城にタイムスリップして吟遊詩人の歌の調べが奏されます。嬰ト音のオルゲルプンクト(保続音)が幻想的な雰囲気を醸します。

プロムナードⅢ:ロ長調、5/4拍子と6/4拍子が交代しますが最後は4/4拍子に落ち着き、切れ目なしに第3曲へと続きます。

3曲〈テュイルリー〉:ロ長調、4/4拍子。パリのテュイルリー公園に遊ぶ子どもたちの賑やかな口論のようすから始まり、中間部にはもの憂げな旋律となります。

4曲〈ビドロ〉:嬰ト短調、2/4拍子。ビドロとはポーランド語で牛の集団または牛車。暗鬱で重々しい曲調からぬかるみを歩む牛車のようすとも、苦役に耐えて働く農奴の姿を象徴した音楽ともいわれます。

プロムナードⅣ:ニ短調、5/4拍子と6/4拍子にさらに7/4拍子が交代し、最後は3/4拍子の弱奏で終わりそのまま第5曲へと続きます。

5曲〈卵の殻をつけた雛鳥の踊り〉:へ長調、2/4拍子。卵から孵ったばかりの雛鳥たちの踊りのようす。滑稽味のある急速な1曲です。

6曲〈サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ〉:変ロ短調、4/4拍子、第7小節のみ3/4拍子。金持ちのゴールデンベルクが威圧的な低音で登場、次いで貧乏なシュミュイレがかん高い声の早口で卑屈に話し始め、噛み合わない対話が進行します。

プロムナードⅤ:変ロ長調、5/4拍子と6/4拍子に一部7/4拍子が混在します。

7曲〈リモージュの市場〉:変ホ長調、4/4拍子~3/4拍子~4/4拍子。フランス中部の町リモージュの市場で主婦たちがおしゃべりに興じるありさまを描きます。

8曲〈カタコンブ〉:イ短調、3/4拍子。弾圧時代のキリスト教の地下墓場。

〈死せる言葉による死者との対話〉:プロムナードの主題による変奏曲。第6のプロムナードに相当します。

9曲〈鶏の足の上に立つ小屋〉:ト調、2/4拍子と4/4拍子が交代。鶏の足の上に立つ小屋に住むという伝説の妖婆バーバ・ヤーガがほうきにのって跳梁します。

10曲〈キーウの大門〉:変ホ長調、2/2拍子~4/4拍子。前曲から切れ目なく、キーウの大門をイメージした壮大なフィナーレに入ります。キーウの大門とはキーウの歴史地区に残る、9~13世紀のキーウ公国時代の中央門「黄金の門」のことです。ガルトマンはこの門をこのような絵画に描きました。

0888f0dcc63e428da6312da80fc8f0cf
 この門をシンボルとするキーウ公国がもととなって、ロシアという国ができていきましたので、キーウを首都とするウクライナはロシアの父祖にも兄にもあたるのです。
 曲にはロシア正教のコラールも用いられ、寺院の鐘も鳴りわたって荘厳な雰囲気のうちに全曲を結びます。鐘の祈りがキーウに届きますように。

組曲《展覧会の絵》 キエフの大門 チェリビダッケ指揮 - YouTube
                                       2022年4月9日記