本日、東京・春・音楽祭の一環として東京文化会館小ホールで開催されたマラソン・コンサートの第1部で、グラスハープの演奏を聴かせていただいてまいりました。今年のマラソン・コンサートは「音楽・医学・文学~ヨーロッパをつくった3つの響き」がテーマで、第1部は、まだ近代医学成立以前の、医学というより医術であったモーツァルトの時代をとりあげたプログラムでした。
 その当時、医療効果も期待できる楽器として考案されたのが、水をいれたグラスの縁を濡らした指でこすって柔らかな響きを醸す楽器「グラスハーモニカ」でした。その名手として有名だったのが、目の不自由なマリアンネ・キルヒゲスナー嬢(1769~1808)という方で、モーツァルトも亡くなる年1791年の8月19日にウィーンで開かれた彼女の演奏会のために、『グラスハーモニカ五重奏曲 アダージョとロンド』K.617を書きました。この五重奏協曲は自作目録に記載がありますが、ほかに記載のない『グラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調」K.356という小品もありまして、これはグラスハーモニカのソロ曲であるところから、おそらく、この演奏会のアンコール用に書かれたものと推定されています。
 本日、拝聴いたしましたのは、この『グラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調」K.356と、同時代のレーリヒという作曲家の『グラスハーモニカのための小品』でした。
 演奏してくださったのは、国立音大打楽器科ご卒業後、2005年から、グラスハーモニカの仲間のグラスハープの演奏家として活躍する大橋エリさん。
 これが、本日使われた、グラスハープでございます。真似させていただきたい誘惑にかられますが、きっとうまくいかなくて意気消沈し、ワイングラスの本来のお役目のほうに切り替えてしまいそうでございます。 
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 グラスハーモニカとグラスハープ。
 この2種はどう違うかと申しますと、先に発明されたのは、台の上に水入りの大小さまざまなワイングラスを並べたグラスハープでしたが、それを扱いやすいように工夫して、ワイングラスではなく、大きさの違う半球状のガラスの中央に穴を開けて組み合わせ、軸に通して箱の中へ横にしてセットし、その軸と足踏みペダルを連動させたものがグラスハーモニカ、という関係になります。つまり、グラスハープの発展改良型がグラスハーモニカと申し上げたらよろしいでしょうか。
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 グラスハープもグラスハーモニカも、天から降り注ぐかのような繊細過ぎる音色のために「天使の楽器」とも「悪魔の楽器」ともいわれて、演奏を聴いた人が精神を高ぶらせすぎる危険がある、あるいは奏者の神経を傷める、などと言われて一時は廃れましたが、現在は復権を遂げていて、グラスハーモニカにはモーターで軸を回転させるタイプまでございます。
 ドニゼッティのオペラ『ルチア』の狂乱の場でも、このグラスハーモニカを用いた演奏を聴かせていただいたことがございました。あれはたしか、2017年3月の新国立劇場『ルチア』公演でした。ただ、楽器も奏者もなかなか得難いのでフルートで代用した公演も聴いた覚えがございます。
 お話がややこしくなりましたが、本日聴かせていただいたのは、シンプルな「グラスハープ」のほうで、大橋さんがやさしくそっと慈しむようにグラスの縁を手のひらでなでる、あるいは指でふれてあげると、ほわーーっとした、甘い響きが立ち上ります。残響が長いので次の音がかぶさっていって多彩なハーモニーが生まれます。おかげさまで、得も言われぬかぐわしい響きを堪能させていただきました。
 言葉では説明しがたい音色をぜひ、下記よりご体験くださいませ。

 
サシャ・レッケルトによるグラスハーモニカ紹介 - YouTube
                                   2022年4月3日記