本日、東京文化会館大ホールで、藤原歌劇団公演『イル・トロヴァトーレ』新制作を拝見してまいりました。指揮は山下一史マエストロ、演出は粟國淳さん。管弦楽は東京フィルハーモニー管弦楽団。キャストは昨日とのダブル・キャストで、本日は以下の歌手陣のご出演でした。
レオノーラ 西本真子
マンリーコ 村上敏明
ルーナ伯爵 上江隼人
アズチェーナ 桜井万祐子
フェランド 相沢創
イネス 高橋未来子
スペインの戯曲作家アントニオ・ガルシア・グティアレスの原作をサルヴァトーレ・カンマラーノが台本化したこのオペラは、アラゴン王国の若い貴族ルーナ伯爵と、幼い時に行方不明となりロマの女アズチェーナに息子として育てられたその実弟マンリーコが、ともに、王妃付きの美しい女官レオノーラを愛してしまい、互いに兄弟とは知らずに激しく凌ぎを削る物語です。それだけならまだしも、実はアズチェーナの母親はその昔、ロマであるがゆえに怪しまれ、兄弟の父伯爵に火あぶりにされたという痛ましい出来事がありました。アズチェーナは母親の復讐のために伯爵家の幼児を誘拐して炎の中に投げ込もうとしたのですが、あやまって自身の小さな息子を火中に投じてしまい、代りに誘拐した幼児、即ち、伯爵家の次男を我が子として育ててきたのでした。そして今また、アズチェーナはルーナ伯爵に捕らえられ、火刑に処されかけます。アズチェーナを母と信じるマンリーコは、その母の救出に向かい、彼もまた捕らえられます。マンリー子を愛するレオノーラは、ルーナ伯爵に向かい、わが身を与える引き換えにマンリーコの釈放を要求、受け入れられると毒をあおって、ルーナ伯爵のものになることを拒み通します。激怒した伯爵はマンリーコの処刑を敢行、その時、自身も処刑の間近いアズチェーナはルーナ伯爵に対し、高らかに叫ぶのでした。
「おまえは実の弟を殺したのだ」
このような、かなり現実離れのした、因果応報的な入り組んだストーリーであるためか、このオペラは『運命の力』『エルナーニ』とともに「ヴェルディの三大荒唐無稽作」と呼ばれることもございますが、今回の粟國演出はその印象を払拭する、一本、筋の通った、説得力あるプロダクションでございました。
それのわけは、ルーナ伯爵を敵役として描くことなく、彼もまた、人の心を持ち、情熱も燃やし、苦悩にもさいなまれ、無慈悲な決断をするときは「権力の濫用ではなかろうな」と自問自答するきわめて人間的なキャラクターとして描いておられたからでございます。これによって、ストーリー設定の荒唐無稽さは希釈され、というよりも気にならなくなり、主役4人の心の苦しみがどの人物においても無理なく、等身大に伝わってきたのでございます。
歌手の中では、アズチェーナの桜井万祐子さんが一頭突き抜けておられました。
この方は、2020年にテアトロ・ジーリオでおこなわれた同劇団公演『カルメン』タイトルロールのときから注目させていただいておりましたが、今回はさらに出色でございました。
2022年1月30日記
レオノーラ 西本真子
マンリーコ 村上敏明
ルーナ伯爵 上江隼人
アズチェーナ 桜井万祐子
フェランド 相沢創
イネス 高橋未来子
スペインの戯曲作家アントニオ・ガルシア・グティアレスの原作をサルヴァトーレ・カンマラーノが台本化したこのオペラは、アラゴン王国の若い貴族ルーナ伯爵と、幼い時に行方不明となりロマの女アズチェーナに息子として育てられたその実弟マンリーコが、ともに、王妃付きの美しい女官レオノーラを愛してしまい、互いに兄弟とは知らずに激しく凌ぎを削る物語です。それだけならまだしも、実はアズチェーナの母親はその昔、ロマであるがゆえに怪しまれ、兄弟の父伯爵に火あぶりにされたという痛ましい出来事がありました。アズチェーナは母親の復讐のために伯爵家の幼児を誘拐して炎の中に投げ込もうとしたのですが、あやまって自身の小さな息子を火中に投じてしまい、代りに誘拐した幼児、即ち、伯爵家の次男を我が子として育ててきたのでした。そして今また、アズチェーナはルーナ伯爵に捕らえられ、火刑に処されかけます。アズチェーナを母と信じるマンリーコは、その母の救出に向かい、彼もまた捕らえられます。マンリー子を愛するレオノーラは、ルーナ伯爵に向かい、わが身を与える引き換えにマンリーコの釈放を要求、受け入れられると毒をあおって、ルーナ伯爵のものになることを拒み通します。激怒した伯爵はマンリーコの処刑を敢行、その時、自身も処刑の間近いアズチェーナはルーナ伯爵に対し、高らかに叫ぶのでした。
「おまえは実の弟を殺したのだ」
このような、かなり現実離れのした、因果応報的な入り組んだストーリーであるためか、このオペラは『運命の力』『エルナーニ』とともに「ヴェルディの三大荒唐無稽作」と呼ばれることもございますが、今回の粟國演出はその印象を払拭する、一本、筋の通った、説得力あるプロダクションでございました。
それのわけは、ルーナ伯爵を敵役として描くことなく、彼もまた、人の心を持ち、情熱も燃やし、苦悩にもさいなまれ、無慈悲な決断をするときは「権力の濫用ではなかろうな」と自問自答するきわめて人間的なキャラクターとして描いておられたからでございます。これによって、ストーリー設定の荒唐無稽さは希釈され、というよりも気にならなくなり、主役4人の心の苦しみがどの人物においても無理なく、等身大に伝わってきたのでございます。
歌手の中では、アズチェーナの桜井万祐子さんが一頭突き抜けておられました。
この方は、2020年にテアトロ・ジーリオでおこなわれた同劇団公演『カルメン』タイトルロールのときから注目させていただいておりましたが、今回はさらに出色でございました。
2022年1月30日記
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