なぜ、箏とブラームスなのでしょうか?
1888(明治21)年、55歳のブラームスはウィーンで日本の箏の調べを耳にしたのです。彼に箏を聴かせてくれたのは、オーストリア特命全権公使夫人の戸田極子さんでした。岩倉具視の娘として生まれた極子さんは「鹿鳴の華」と謳われた美女で、その前年から夫の戸田伯爵の赴任に伴い、4人の子どもたちとともにウィーンで暮らしていたのです。
当時、ヨーロッパを席巻していたジャポニズムの潮流に無関心ではいられなかったブラームスは、日本の公使夫人が箏の名手と知り、みずから所望して極子の箏演奏に耳を傾けたのです。日墺の国交開始からわずか19年後に、早くも「和」と「維納」を繋ぐ音楽外交官の役目を果たした極子さんの貴重な働きを多くの方に知っていただきたいと願ったわたくしは、昨年、音楽歴史ノンフィクション『ウィーンに六段の調~戸田極子とブラームス』(中央公論新社)を刊行いたしました。
この本の中で、極子さんが明治政府の重鎮の娘にして伯爵夫人の立場ながら、決して、優雅で安穏で贅沢な一生を送った女性ではなく、父親の襲撃される場にも遭遇し、夫の婚外子も受け容れて育て、子どもや孫たちに次々と先立たれる悲しみにも耐えた、健気でつつましい女性であったことを書かせていただきました。もちろん、極子さんの演奏曲についての詳しいことも、この本にございます。極子さんの演奏曲目の中心は《六段の調・ろくだんのしらべ》と《乱輪舌・みだれりんぜつ》でした。今晩と明日の演奏会では「和」と「維納」を繋いだ戸田極子さんの筝に因み、幕開けは生粋のウィーンっ子、シューベルトの《ロザムンデ》序曲(この序曲は《魔法の竪琴》序曲からの転用)、次いで《乱輪舌》独奏、同曲を踏まえた石井眞木の協奏作品、前半の締めに《六段調》独奏が置かれ、後半にはブラームスの交響曲第3番が演奏されます。指揮は阪哲朗マエストロ、筝独奏は生田流の名手、遠藤千晶さんです。
僭越ながら、拙著もこのプログラムに関係しておりますことから、コンサートのプログラム・ノートを書かせていただいておりまして、明日の公演では13:20から、プレトークを仰せつかっております。まずは今夜、拝聴いたしてまいります。
2022年1月14日記
コメント
コメント一覧 (2)
萩谷さんの著書の世界がコンサートの世界と見事に連動し、しかも和楽と洋楽を結ぶ。
きっと天上の極子とブラームスも微笑むことと思います。
昔、角川映画に「読んでから観るか? 観てから読むか?」というのがあって、
ノベライゼーションとか呼んでいましたが、これは「読んでから聴くか? 聴いてから読むか?」ですね。
こういう“協奏”って、本当に文化的なものを感じます。
yukiko3916
が
しました
yukiko3916
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