本日は、昨晩拝聴した『ボレロ』のリズムがまだ頭の中に鳴り続けております。それは、「タンタタタ タンタタタ タンタン タンタタタ タンタタタ タタタタタタ」という特徴的な3拍子のリズムでございます。
なぜ、これが翌日になっても頭から離れないのかと申しますと、ラヴェルのあの曲では、小太鼓奏者さまがこのリズムを、最後の2小節を除いた最初から最後まで同じテンポで一貫して刻み続けておられるからなのです。ただし、テンポは一定でも、最初はバチの最先端で太鼓面に触れるか触れないかぐらいに鳴らし、ほんの少し、ほんの少しずつ音量をあげていって、最後には全オーケストラもろとも最強音に到達するという、おそろしいラヴェル・マジックが潜んでいます。
昨晩の読響演奏会での演奏時間は約13分でしたから、小太鼓奏者さまは13分間、テンポ一定でひたすら「タンタタタ タンタタタ タンタン タンタタタ タンタタタ タタタタタタ」と叩き続け、徐々に、じわじわとその音を大きくしていかなければなりません。なんという難しい技でしょうか。試しに、机の上でもおひざの上でも、両手でこのリズムを刻んでごらんになってみてくださいませ。いくらもいかないうちに、挫折なさること請け合いでございます。
それなのに、さすがプロのパーカッショニストさまは違います。涼しい御顔で、見事まっとうなさり、指揮者さまから真っ先に立たされておられました。だって、この方がうっかり叩き間違えたら、おしまいなのでございますもの。
『ボレロ』に潜むマジックはそれだけではなく、旋律にいたしましても、各16小節と1拍のAとBの二つだけしかなく、これが楽器を替えながら受け渡されていくのでございます。シンプルの極みのようで、今までどなたも発想なさらなかったラヴェル一流のアイディアには脱帽の他はなく、いつ拝聴してもつくづく名曲だとあらためて感じ入っております。
1928年、舞踊家イダ・ルビンシテインから、濃厚なスペイン情緒に満ちたバレエ音楽を書いて欲しい、と依頼されたラヴェルは、単純なリズムを持つ同一の旋律を執拗に繰り返すとみせかけて、その陰に密かな変化を織り込むというトリックを考えつきました。彼は、スペインの舞曲ボレロの特徴的な3拍子をそのリズムとして選び、これをベースに、彼自身が「スペイン=アラビア風主題」と呼んだ各16小節と1拍からなる応答主題をえんえんと反復させ、曲全体に長大なクレッシェンドをかけることで、密かな変化を進行させたのでした。そして、最後の2小節で突然、それまでの単調さを打ち破り、あっけない幕切れとするのです。
同年11月22日、パリ、オペラ座で上演されたバレエ《ボレロ》は、一人の踊り子が酒場で足鳴らしに躍りはじめ、だんだん興がのってくると、それまでそっぽを向いていた客たちも彼女の踊りに引き込まれて熱狂する、という筋ともいえないような筋に過ぎませんが、この卓抜な音楽のおかげで大成功を収めました。
2022年1月12日記
コメント