ナミ・レコードのライヴノーツ・レーベルから、一連の日本歌曲CD製作に地道な足跡を刻んでこられた、アルトの小川明子さんとご夫君のピアニスト・指揮者、山田啓明さんが『海ゆかば~信時潔歌曲集』2枚組CDリリースされました。ご夫妻は、かつて『荒城の月~国楽を離陸させた偉人たち』というアルバムに、信時潔の『海ゆかば』と『沙羅』を収録されておられたはずですので、ちょっと不思議な気持ちがいたしましたが、ライナーノートの山田さんの文章を拝読し、今回の録音の意義がわかりました。お二人は、前述の2作の録音をはたされたことで、それ以上は信時歌曲を追うおつもりなかったそうですが、2013年に、音楽事務所『シン・ムジカ』の企画で信時歌曲をまとめて演奏されたところ、「この作曲家の他には代え難い魅力に気づかされることになった」そうで、それが今回のアルバム製作につながられたとのことでした。
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 1枚には収めきれず、2枚組となりましたが、2枚目の余白には、以前録音の『沙羅』全曲が再収録されていますが、まことに収録曲を順に拝聴しておりますと、信時清という作曲家が、いかに、テキストの日本語の言葉そのもの、ニュアンス、そこから広がる情景、色合い、光度といったものを大切にして、テキストの世界に過ぎりない愛を注いで付曲しているかがじんと伝わってまいりました。小川さんの伸びのよい、あたたかなアルトのお声は、その表現者として、これ以上任に適うお方はおられないのではないかと思いました。どうしてこんなに、作曲家と作品にぴったりの歌唱がお出来になるのだろうかと思いながら、ライナーノートを読み進んでまいりましたら、最後に小川さんの寄せておられたエッセイにその秘密が記されていました。
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 小川さんは埼玉県立熊谷女子高等学校のご出身で、おばあさまとそのお妹さんたち3人も、全て同女子高の女学校時代の卒業生。その頃の音楽の先生が、信時夫人のミイさん、当時の白坂ミイ先生でした。そして、昭和3年制定の同校の校歌の作曲者は、ほかならぬ、信時潔だったということです。
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 同女子高に入学された小川さんは、入学式で先輩たちの歌う校歌を「美しく、格調高く、力強い曲想とともに心に刻み」、指導を受けると1時間で歌えるようになられたそうです。
 どのお歌もぬくもりと愛にみちていて、作曲者のお人柄がおのずとしのばれます。
 
 ところで、ニュースの伝えるところによりますと、お若い頃に、弱いお立場にある同級生に対して、人道に悖る、かつ、言語に絶する、ありえないほど残酷な仕打ちをなされて、それを武勇伝のごとくに自慢げに雑誌インタビューに語られた過去があきらかになった、"作曲家"とかいうお方が、このたびのオリンピックの作曲担当を降板されたそうでございます。本当にひどい、鬼畜の仕業とは、この方のしたことかと思えるような、人の心というものを欠いた、むごいなさりようです。ご本人に、そのことに対する反省の色もみえないようですが、さらに驚くべきは、この方を起用した五輪組織委員会の弁です。
 五輪組織委員会では当初「若い時の勢い余ってのことにすぎず、今は立派に大成されたから問題ありません」のような大意のコメントを発表され、笑い飛ばしておられたとか。
 人間の本性が、そう簡単に変わるはずもございません。
 寝言はお休みになられてから、おっしゃって欲しいものでございます。
   その"作曲家"なるお方がどのような音楽を書かれるのか存じませんが、少なくとも、そこには他者への愛はみいだせないのではないかと存じます。
                                           2021年7月20日記