宮谷理香さんから、卓抜なアイディアと珠玉の美音に溢れた最新アルバムが、温かなメッセージの書かれた美しいカードとともに届きました。理香さんといえば、1995年のショパン国際コンクールで第5位に輝かれた名ピアニスト。2001年から2010年まで10年にわたるコンサートシリーズ『宮谷理香とめぐるショパンの旅』も実現され、全7タイトルに及ぶショパン・シリーズ録音も達成されておられます。もうこれ以上、お弾きになるショパン作品はないのではないかと思うのは早計で、この新作は何と、ショパンの変奏曲ばかりを集めた世にも珍しい企画でした。
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 現在伝わるショパンの変奏曲は、ピアノ独奏用4曲、オーケストラとの協奏作品ながら独奏版もある『モ―ツァルトのドン・ジョヴァンニの二重唱ラ・チ・ダレム・ラ・マーノによる変奏曲』、フルートとの二重奏の『ロッシーニのシンデレラの主題による変奏曲』、それに連弾用の『4手のための変奏曲ニ長調』の7曲のみです。独奏用の中には、当時のパリ社交界に君臨していたベルジョイオーゾ侯爵夫人の発案により、ベッリーニの『清教徒』の中の行進曲をテーマにとり、リスト、タールベルク、ピクシス、エルツ、チェルニー、ショパンが各変奏を分担して共作した『ヘクサメロン協奏曲』の第6変奏、というあまり聴く機会のない作品も含まれています。ヘクサメロンとは、旧訳聖書の創世記に記されている天地創造の最初の6日間のことで、これに因んで6人の作曲家がこれを共作したのでした。そのうちのショパンの担当が第6変奏でした。
 4手連弾作品が収録されていましたので、どなたが友情出演されているのだろうと、裏面を見ると、山形由美さんのお名前がありました。えっ、しかし、山形さんはフルーティスト。『シンデレラ変奏曲』を協演されておいでです。他にはお名前が見当たりません。
 あっ、これはもしかしたら、理香さんご自身が4手を担当されておられるのでは、と気づきました。つまり、多重録音をされておられるのではないでしょうか。見事に息の合った4手連弾だったのです。それに、ジャケット写真をご覧ください。色違いのドレスの理香さんが鏡面の如くにお二人おられるではありませんか。これは多重録音のメタファーではないでしょうか。何と小粋なアイディアでしょう。
 理香さんの音は輝きがあり、特に高音パッセージは真珠の粒を転がしたような美しさ。目をつぶって聴いていると、テーマからは原曲の情景がなんとなく浮かび上がり、各変奏はそれぞれ個性と妙味に満ちていて、ショパンの変奏曲技法の幅広さと彼がそこに込めた思いが伝わってまいりました。
 長らくピアノ曲の録音作品を聴いてまいりましたが、ショパンの「変奏曲」に特化しそのすべてを録れたCDは初めてでございます。
 ショパン・ファンなら、理香さんファンなら、聴き逃せない稀有なアルバムの誕生です。
                                  2022年11月28日記