一方、ヴァイオリン協奏曲のほうは、『マンフレッド』初演の翌年1853年の9月から10月て短期間で作曲されていますが、この期間はちょうど、ブラームスとの出会いがあった時期でもあり、翌54年2月のライン川投身自殺未遂事件への秒読みが開始された時期でもあったのです。つまり、シューマンの精神が常人のそれから隔たりつつあったまさにその時に作曲されたのが、シューマン唯一のこのヴァイオリン協奏曲でした。
そんなことから、1856年にシューマンが亡くなった後、この曲を初演、出版するか否かについて、シューマン晩年の葛藤があまりに色濃いことからクララ、ブラームス、ヨアヒムの間で意見が分かれ、結局出版に漕ぎつけたのは1937年のことでした。
つまり、本日のシューマン作品2曲は、序曲のほうがブラームスを激しく啓発した作品であって、ヴァイオリン協奏曲のほうは、そのブラームスが大切な恩師の名誉のために出版に難色を示したという、そんないわくつきの作品なのです。
でも、本日のソリスト、アンティエ・ヴァイトハースさんはそのような取沙汰にまったく関係なく、作曲家の思いのこもった一編の繊細なヴァイオリン協奏曲としてのやさしい姿を、わたくしたちの前に示してくださいました。ヴァイトハースさんはクライスラー国際、バッハ国際、ハノーファー・ヨーゼフ・ヨアヒム国際の3つの国際コンクールに優勝歴を持つドイツの女性ヴァイオリニストで、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンの教授を務めていらっしゃいます。アンコールのバッハ、パルティータ2番の『サラバンダ』も絶品でした。
後半は、ベートーヴェンの交響曲第2番ニ長調。1801年から02年の作でしょうか。これを書き上げた年の秋に、ベトーヴェンはかの「ハイリゲンシュタットの遺書」をしたためたわけですが、そんな苦しみなどみじんも感じさせない、覇気に満ち、どんと胸を張るベートーヴェンの姿を彷彿させるような、爽やかで前向きな演奏でした。
マエストロ・ノット&東京交響楽団、絶好調です。
2022年11月26日記
コメント
コメント一覧 (2)
当世どうしても聴衆=お客様本位のアラカルト、オムニバス的なプログラムが主流のように思えますが、
これは「作曲家>演奏者>聴衆」というプログラム構成本来の正攻法を示しているように感じます。
先日のアンドラーシュ・シフによる、演奏者主体のプログラム構成もそうですが、やはり演奏会というは、
どこかに作品を創り出す、産み出すということへの敬意や緊張が働いていないと、綱の切れたシャンデリア
のようなものだと思うからです。
その点で、今回のプログラム構成は、ベートーヴェンの『交響曲第二番』も含めて“苦悩と創造”とでも
題したいような、有機的な統一感を感じます。「苦悩」とか「懊悩」とか「世界苦」というような言葉は
今日、大仰ととらえて顔を背ける傾向がありますが、たまにはその片鱗なりとも予感してみたいものです。
シューマンとブラームスについての、思い入れのある、創造の現場を垣間見させてくださるような解説、
ありがとうございました。
yukiko3916
がしました
yukiko3916
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