本夕、サントリーホールでジョナサン・ノット指揮東京交響楽団 第706回定期演奏会を聴いてまいりました。前半は胸に迫る痛切な2曲、シューマンの劇音楽『マンフレッド』序曲とヴァイオリン協奏曲という取り合わせです。なぜ、この2曲の取り合わせが胸に迫るのかと申しますと、1852年に友人リストの指揮によって初演された『マンフレッド』序曲は、シューマン自身が「この曲ほど強い愛情と情熱をもって自分自身に捧げた曲はありません」と語ったほど、彼のロマン派の旗手としての面目躍如たる作品でした。バイロン卿の詩劇『マンフレッド』によるこの劇音楽は、恋人アスタルテを死に追いやった悔恨からアルプス山中を彷徨うマンフレッドの懊悩がテーマとなっています。その初演から3年後にこの曲を聴いてオーケストラ作品に開眼したブラームスは、長らくオーケストラ曲の構想を温めてのちに交響曲第1番にそれを結実させたのでした。つまりこの序曲は、シンフォニスト、ブラームス誕生せしめた記念碑作でした。
OIP

一方、ヴァイオリン協奏曲のほうは、『マンフレッド』初演の翌年1853年の9月から10月て短期間で作曲されていますが、この期間はちょうど、ブラームスとの出会いがあった時期でもあり、翌542月のライン川投身自殺未遂事件への秒読みが開始された時期でもあったのです。つまり、シューマンの精神が常人のそれから隔たりつつあったまさにその時に作曲されたのが、シューマン唯一のこのヴァイオリン協奏曲でした。

そんなことから、1856年にシューマンが亡くなった後、この曲を初演、出版するか否かについて、シューマン晩年の葛藤があまりに色濃いことからクララ、ブラームス、ヨアヒムの間で意見が分かれ、結局出版に漕ぎつけたのは1937年のことでした。

つまり、本日のシューマン作品2曲は、序曲のほうがブラームスを激しく啓発した作品であって、ヴァイオリン協奏曲のほうは、そのブラームスが大切な恩師の名誉のために出版に難色を示したという、そんないわくつきの作品なのです。

でも、本日のソリスト、アンティエ・ヴァイトハースさんはそのような取沙汰にまったく関係なく、作曲家の思いのこもった一編の繊細なヴァイオリン協奏曲としてのやさしい姿を、わたくしたちの前に示してくださいました。ヴァイトハースさんはクライスラー国際、バッハ国際、ハノーファー・ヨーゼフ・ヨアヒム国際の3つの国際コンクールに優勝歴を持つドイツの女性ヴァイオリニストで、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンの教授を務めていらっしゃいます。アンコールのバッハ、パルティータ2番の『サラバンダ』も絶品でした。

後半は、ベートーヴェンの交響曲第2番ニ長調。1801年から02年の作でしょうか。これを書き上げた年の秋に、ベトーヴェンはかの「ハイリゲンシュタットの遺書」をしたためたわけですが、そんな苦しみなどみじんも感じさせない、覇気に満ち、どんと胸を張るベートーヴェンの姿を彷彿させるような、爽やかで前向きな演奏でした。
 マエストロ・ノット&東京交響楽団、絶好調です。
                              2022年11月26日記